インタビュー
居抜き開業を成功させたオーナーに、成功の秘訣や開店までの裏話などを伺います。

渋谷お膝元の高級住宅街「池ノ上」
群馬の畑直送野菜を使ったフレッシュなイタリアン

京王井の頭線「池ノ上」駅周辺エリアは、渋谷から三駅4分、多くの人々で賑わう下北沢からも徒歩10分程と抜群の交通利便性を誇る。街自体はたいへん静かで、単身・家族世帯ともに人気の高い高級住宅地として知られている。駅南側には都道420号線に沿って昔ながらの親しみを感じさせる商店街「池ノ上商栄会」が延びている。派手派手しい店より、オーナーの持ち味を活かした趣ある個人店が似合う、そんな街だ。

今回訪れた「Bar and Restaurant 食堂AO-ZOLA(アオゾラ)」は、駅から徒歩3分、2016年5月9日に池ノ上商栄会沿いにオープンした小さなイタリアン料理店。白い外壁にナチュラルな色調のドアと窓枠、センス感じられる外観がこの街にぴったりだ。店内に入ると思いのほか奥行きのある空間に意表を突かれる。右手にワインや日本酒の瓶をミュージアムのように掲げた大きな黒板、左手に爽やかなミントグリーンのソファ席が配置された店頭側部分を抜けると、奥にはこだわりの設備を揃えた美しいオープンキッチンが構えている。壁には剥き出しの耐震用ブレース(筋交い材)がめぐらされているが、それが不思議と隠れ家のような落ち着く空気を生んでいる。

オーナーシェフの吉野宗典さんは、群馬県出身。店内では、吉野さんの実家の畑や、群馬・長野などの契約農家から直送される新鮮な旬野菜をふんだんに使ったフレッシュなイタリアンが楽しめる。この日届いたのは箱いっぱいのブロッコリー。「品揃えや納品は畑の天候次第」という気まぐれな素材たちを、吉野さんはまるで魔法のように、器用な手つきでスフォルマート(野菜と卵・ソースを型に入れて湯煎焼きした料理)」、手打ちトロフィエ(イタリア・リグーリア州のショートパスタ)といった凝った一品に変えていく。

当初は食事もできるプチホテルを構想
「住宅地」「地域密着」は一貫したキーワード

吉野さんの飲食キャリアの始まりは、自由が丘のフレンチ店。その後、高田馬場、新宿など様々な街の店で経験を積む中で、自然と落ち着いていったのがイタリアンの世界だった。店関係の知人の紹介でイタリア現地のリストランテの厨房に入ったことも。資金も貯まり、年齢的にもちょうど良いタイミングとなったところで、ずっと夢に描いていた独立開業に乗り出した。

開業までの期間は余計な支出を切り詰めるために群馬の実家に転居し、家の畑仕事や地元のイタリアン料理店を手伝う傍ら、2015年12月頃から店舗物件探しに着手し、群馬と東京を電車で行ったり来たりしながら開店の地を探した。当初探したのは大田区の戸建て物件。「飲食だけでやるのはキツいのでは」と思ったので、宿泊できて食事も楽しめるプチホテルの開業を考えていた。だが、何十件も内見したが希望に沿う物件がなかなか見つからず、少し違うエリアに当たってみて、2ヶ月後に出会ったのがこの池ノ上の居抜き物件だった。

「そもそもの探索条件が住宅地で地域密着でやれるということだったので、池ノ上の街はぴったりでした。本当は一から造れるのでスケルトン物件を探していましたが、最後は場所とタイミングですね」。元・家庭料理居酒屋だったこの物件は、外装・客席・厨房含むほぼ全てを大改装。特に厨房周りのデザインにはこだわり、出入口を2つ付けて円滑な動線を確保するとともに、店内風景に溶け込む「見せられる厨房」に磨き上げた。

もうひとつのコンセプトは「和とイタリアンの融合」
ほんの一滴で日本酒向けとなる伝統調味料の妙味

AO-ZOLAには、産直野菜とともに「和とイタリアン」というもう一つのコンセプトがある。これにはイタリア訪問時に知った、料理に対する現地の人々の“考え方”が大きく影響しているという。「日本人が『寿司だったらこう』と思っているのと同じ感覚で、イタリア人は『パスタは~』『肉なら~』という考えを持っていることを知りました。例えば、パスタに入れる野菜も、日本人だったら歯ごたえがある方を好むけど、イタリアではグズグズになるまで煮込む。パスタにはパスタより固いものは入れちゃいけない。麺が主役という考え方なんです」。

こうした経験を活かし、自分の店では和とイタリアンの絶妙なマリアージュを提案している。「ギンナンや牛蒡、時には魚醤など日本の素材を使って、野菜も物によっては歯ごたえを残して仕上げます。イタリアンの正統な方法に日本の素材を。そうした柔軟な料理を提供したいという思いから、リストランテやトラットリアではなく“食堂”と名乗っているということもあります」。

イタリアンとしては珍しいほど豊富な日本酒ラインナップを揃えるのもそのためである。ワイン酵母で仕込んだ純米吟醸酒「鳳凰美田 WINE CELL」(小林酒造、栃木県)はじめ、バターと好相性な“旨口系“を中心に収集。試しにブロッコリーのパスタに魚醤を一滴入れてみると、にわかに日本酒に馴染む風味になるのに驚く。「うちで用意しているのは、鮎の魚醤。しょっつる的なにおいじゃなくて、白だしみたいな上品な味です。しょっぱいけど、これが実に旨口の日本酒に絡んでくれます」。意外な取り合わせの妙が喜ばれることも多いという。

コンスタントな新規集客がこれからの課題!
大盛況となったワインと日本酒の利き酒イベント

吉野さんは当初「自分の年齢±10歳」の30代半ば~50代半ばの客層を想定していたが、オープンしてみると主要層はもう少し上の40代以上で、時には80歳以上の方が来店くださることもあるそうだ。昔から信頼を寄せる新井薬師の酒屋から仕入れたこだわりのワインも人気で、「以前にイタリアに行った時にこれを飲んだ」と懐かしみながら楽しんでくださる方もいらっしゃるという。近隣住民のリピーターが多く、時には著名人がお忍びで訪問することも。今後は新規客を安定的に確保していくことが課題だという。

そのための試みの一つとして、去る10月29日に開催した「ワインと日本酒 利き酒の会」は、会費制の飲み放題・食べ放題のブッフェ形式で大好評を博し、料理を並べたカウンターになかなか参加者が辿り着けないほどの盛況ぶりだったという。「告知は店頭に貼り紙をしただけでしたが、『一度入ってみたかった』というご新規様も。その後、『あの時参加していた』とあらためて来店してくれた方も数組いました。イベントには30人ほど参加してくれたので、ネットの集客よりもいい確率かも。出来れば定期的に開催して普段の営業に繋げていきたいですね」。かねてより交流のある池ノ上の和食居酒屋「晴レノ日」店主・原田英之さんが、自店のお客さんを連れて来てくれたという嬉しいサプライズもあったそうだ。

これから飲食店開業を志す方々に向けては次のようなメッセージを頂いた。「開業にはお金を使い過ぎてしまうことも多いので、運転資金にもお金を残しておいた方がよいですね。自分もそうでしたが、開業予算はこの中で収めようと思ってもなかなか収まらないもの。でも、店は始まってからが勝負。資金に余裕をもって運営することをオススメします」。現代の飲食店はとんとんでやるのが難しく、本当に成功するか失敗するかどちらかの厳しい世界。吉野さんもそのシビアさを実感しているというが、その中でAO-ZOLAのように自店の魅力を根気強く伝え続けるレストランこそが、長く支持を集める名店に成長していくのだろうと感じられた。
(取材日:2016年11月24日)

吉野 宗典さん
1975年、群馬県生まれ。イタリアンを中心に数々のレストランで厨房・サービス経験を積み、2016年5月、池ノ上に「食堂AO-ZOLA(アオゾラ)」をオープン。オーナーシェフとして毎日厨房で腕をふるう。農家直送の野菜をたっぷり使ったフレッシュなイタリアンにワイン、日本酒のユニークなコンセプトが話題を呼び、先日開催した初の利き酒イベントには多数の参加者が集い成功を収めた。

食堂AO-ZOLA
住所:世田谷区代沢2-7-13 フォーライフ下北沢 1F
TEL:03-6805-3816
営業時間:月・火・木~日 12:00~15:00(L.O.14:30)/18:00~翌1:00(L.O.24:00)
定休日:水曜日
店舗情報:Facebook食べログ