インタビュー
居抜き開業を成功させたオーナーに、成功の秘訣や開店までの裏話などを伺います。

国産肉と無農薬野菜に特化した「和」の居酒屋

江戸の昔は永代寺、平成の現代は富岡八幡宮・深川不動尊の門前町として賑わう江東区・門前仲町。深川仲通り商店街などそこかしこに下町情緒を色濃く残す街並みながら、電車で日本橋4分、大手町6分と都心部へのアクセスも抜群なため、多くの観光客や飲み客達が流入する。深川エリアの中心地として無数の飲食店が集うため、木場・東陽町・両国など周辺駅で働く人々がアフターファイブの飲み会やデートに利用することも多い街だ。

「肉菜処 和心(わしん)」は都営地下鉄大江戸線・東京メトロ東西線門前仲町駅5番出口から徒歩2分。清澄通りから深川不動尊に向かう静かな道沿いに開く「和」をテーマとした居酒屋である。オーナーの遠藤淳さんが店をオープンしたのは2014年2月22日。静岡県富士宮市「ホールアース農場」直送の農薬・化学肥料不使用野菜、国産の牛・豚・鶏・馬・鹿・猪肉、国産の酒・ワイン・伝統調味料―魚は一切扱わず、国産の肉・野菜にとことんこだわった料理を提供している。

特に力を入れているジビエ(野生の鳥獣の肉)は、京都で自給自足生活を送る猟師が営む「田歌舎」から仕入れる逸品。遠藤さん自身も自宅に近い三鷹市の畑で無農薬野菜の栽培に取り組み、取りたての野菜を店で提供することもある。「毎日できる訳ではないですが、無農薬で私が作った野菜ですというと喜ばれるし、出数が全然違う。小さい店でトークはしやすいので細やかに食材をご紹介しています」。自慢の日本酒は各地の蔵元を周って収集。中には遠藤さん自身が仕込みに参加した酒もある。国内にごく限られた数しか存在しないサントリー認定の「ザ・プレミアム・モルツ『超達人店』」の一つでもある。

宴会需要の獲得を最重視した店づくり

遠藤さんは大学卒業後、大手メーカーの営業職を5年間勤めていたが、就職前から「将来は何かで起業したい」という思いをずっと抱いていた。「そこで色々と調べているうちに、飲食業に興味を持つように。大学時代に飲食でアルバイトをしていた時は『もうやるものか』と思っていたのですが(笑)。給料も安いし雇われでやるのは厳しい。でも、自分でやるのならいけるのでは、と思うようになりました」。意を決して退職し、飲食チェーンに転職。独立開業を見据えて、店舗運営のノウハウを実地で学んでいった。料理長の湯之上広昭氏との出会いもこの店でのこと。懐石、ビストロ、蕎麦屋、居酒屋とあらゆるジャンルで経験を積んできた調理歴35年の達人とともに初めての開業に乗り出すことになった。

開業資金が貯まり、物件探しに着手したのはオープン半年前の2013年9月頃から。出店エリアとして門前仲町を選んだ理由は、この街の《宴会需要》の大きさからだった。「会社員時代、オフィスが両国と東陽町にあったのですが、この辺だったらどこで飲むかという法人需要をリサーチしたところ、会社のある駅ではなく門仲まで出てくるよ、という話を聞いて、『あぁそうなのか』と。それで第一候補にしました」。働きながらの物件探しは大変だったが、幸い独立に理解のある職場だったため、休憩中に中抜けさせてもらいながら、20件程の物件を内見した。

物件選びでも宴会対応性を最重視した。元アジア料理店居抜きだった現店舗は駅近立地で、面積も適当。店内の造りがひとつながりのため団体予約が取りやすいと考え契約を決めた。内外装リフォームでは、料理コンセプトと同様、「和」をテーマとした店舗空間を構想。外観・内壁のメインカラーには、朱塗りの伝統建築物を彷彿させる印象的な茜色を採用した。暗い赤は和心の主役、肉やワインにも通じる。ハード面・ソフト面とも一貫的なコンセプトで統一することで顧客の心に残る店が出来上がった。

農業、狩猟をオーナー自ら体験し価値伝える

飲食店開業では信頼できる仕入先の確保も大切な仕事の一つ。遠藤さんの場合は、どのようにして貴重な無農薬野菜やジビエの生産者と知り合ったのだろうか。「うちの兄は自然学校で子ども達に乳しぼりや鶏のさばき方を教えるインストラクター。その学校が、所有する畑で本格的に野菜を作りだし、会社化したのが富士宮のホールアース農場だったんです。社長さんに会わせてもらうと、『レストランに野菜を卸したことがないから不安だ』と。でもこっちも独立なんか初めて。そこで、お互いやれるところからやりましょうということで、週3回くらい野菜を送ってもらうようになりました」。露地栽培の野菜たちの顔ぶれは、冬なら根菜、春菊、ホウレンソウと旬ごとに多種多彩。顧客にも「来るたびに野菜が違うね」と喜んでもらえている。

京都の猟師も自然学校の社長の話から知った。早速会いに行き話をしてみると、真面目に取引できそうだという信頼感が持てた。「ジビエは獲ってすぐに内臓を抜くのが大事ですが、二束三文で買ったものは適切な処理がされず悪質なものしか来ない。和心では『初めてジビエを食べる』という方も多いので、そういう時に変なものを出すと一生食べたくなくなってしまう。だから、ちゃんとした人からまともな値段で買います」。狩猟用の弾丸は一発200円以上。その他にも装備や訓練など様々な費用がかかるため、ジビエを信用できる相手から調達しようとすると、和牛の高級部位とほぼ同等の仕入れ値がかかる。必然、メニュー価格も高水準になるが、「いいもの、思い入れのある食材は、価値を分かる人には評価していただける」と遠藤さんは考えている。

多くの人の手を経て届けられる希少な食材。その価値を伝えるため、遠藤さんは年2回の農場訪問、年1回の狩猟体験を顧客を交えて開催している。「どちらもすごい楽しく、特に猟なんてなかなか体験できない。雪山で本物のけもの道をかき分けて行くのですが、一度、斜面で滑って料理長と一緒に死にかけたことも。『山ではこういうことが起こっていて、こういう思いをして届けられた鹿ですよ』と、そうお客さんに伝えることで大切に食べなきゃと思ってもらえる。それを知るために出掛けています」。近年、鹿や猪が人里に出没し畑の野菜を喰い荒らす「獣害」が問題化している。ジビエをどんどん活用することで、獣害が軽減され、農家や猟師の生活も潤う。すると若者達もそうした仕事で働こうという気になってくるのではないか。遠藤さんがジビエに真剣に取り組むのは、そんな思いのためでもある。

「生産者と共に盛り上がる会社」を!

こうした食材の価値を伝えるための遠藤さんの努力は、確実に顧客の心に響いているようだ。和心の平均客単価は4800~4900円、コース料金も5000~8000円と、門前仲町の居酒屋業態としては高めの設定だが、30~50代のビジネスマン層を中心に好評を博し、リピーターも多い。土日はカップルが増えるが、宴会利用で店を気に入った男性が「知る人ぞ知る店」として、女性を連れて再訪してくれることもあるという。

店にとって一番の課題は「人」。二店舗目も随分前から考えているが、なかなかスタッフが見つからないのが悩みという。「人が揃えば明日にでもオープンしたいのですが。同じ門仲でやるなら、今度は魚と野菜に特化した店。どういう形になるか分からないけれど、将来的には漁業もやってみたい。ジビエと魚と野菜、それを融合させた会社を設立して、生産者の人も一緒に盛り上がっていくのが理想です。社会貢献じゃないけれど、そういう発想がないと、今後、飲食店は生き残っていけないんじゃないかなと感じています」。

これから飲食店開業を目指す人々には、次のようなメッセージを頂いた。「スタートする一歩が大事。準備も大切ですが、最後はやっぱり度胸。それをふんぎって進むとパワー出るのでは。雇われのプロという生き方もあると思いますが、最初の一歩を踏み出すと広がる世界があります。自分も最初は不安でした。小さな子供がいて、家族もいて。でも、そのためにメーカー辞めてますから、やんないと意味がない」。多くの人が憧れる脱サラ開業を成功させた遠藤さんの言葉に励まされる人も多いのではないだろうか。

「僕も実は農業や狩猟なんて前は全然興味がなかった。雇われているときは自分が畑をやっているなんて1mmも思っていませんでした。飲食店を始めてこの3年で頭の中身がガラッと変わりましたね」。2017年の遠藤さんの目標は、自らも狩猟免許を取得して山に入ること。三鷹の農園でも、より店に必要な野菜に特化した作付計画に取り組む。「我々みたいな個人店はデフレだといって価格を下げる世界ではない。狩猟や畑で価値を上げ、価格に左右されない個人店の強みを活かしていきたい」。ユニークな試みができる個人店舗のメリットを今後も最大限生かしていく所存だ。
(取材日:2016年11月30日)

遠藤 淳さん
1977年、千葉県生まれ。大学卒業後、大手メーカーの営業職を経て、飲食チェーンに転職。店長職を経験した後、2014年2月、門前仲町に「肉菜処和心」をオープン。料理長の湯之上広昭氏と共に、富士山麓直送の農薬・化学肥料不使用野菜、京都の猟師から仕入れるジビエ、国産肉、日本酒、国産ワイン、国産調味料など、とことん「和」にこだわった上質な食を提供する。自らも三鷹の地で無農薬農業に取り組み、年数回、顧客を連れての農場・狩猟体験ツアーなども開催。生産者と消費者の繋ぎ役として活躍する。

肉菜処和心
住所:江東区門前仲町2-7-3
TEL:03-6240-3577
営業時間:火~木/17:00~24:00(L.O.23:00、ドリンクL.O.23:30)
金/17:00~翌3:00(L.O.2:00、ドリンクL.O.2:30)
土・日・祝日/17:00~24:00(L.O.23:00、ドリンクL.O.23:30)
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