インタビュー
居抜き開業を成功させたオーナーに、成功の秘訣や開店までの裏話などを伺います。

「食うてかへんか?」のすずらん通りに
日本初の立ち食いジンギスカン店をオープン

渋谷から東急田園都市線で急行1駅の三軒茶屋は、通好みの飲食店で集まる街として人気を集める。駅前に集まる8つの商店街のうち、「食うてかへんか?」の愉快な看板が目印の“すずらん通り”は、その名の通り、100mほどの狭い路地の左右に小さな店が鈴なりに密集する。駅至近の好立地のため、なかなか空き物件が出ず、家賃相場も三茶エリアで最も高いことが知られている。そのすずらん通りに2015年12月1日にオープンしたのが「立ち喰いジンギスカンはや川」である。
入口の赤のれんをくぐると目に入るのは、約4坪のコンパクトな面積に厨房とカウンターが見事に収まった空間。まるで隠れ家のような雰囲気が、三茶の街と立ち食いというスタイルに実にマッチしている。「最初はスープカレー屋を出すつもりやったけど、ここの雰囲気を見て、ジンギスカン店でいくことにしたんです」と、ラフな風貌に柔らかな京言葉で語るのは、総料理長の奥田亮太さん。和食の世界で30年ものキャリアを持つ腕利きの料理人だ。

13歳から京料理の道に―
東京での早川氏との運命的な出会い

奥田さんが料理の道に入ったのは13歳の時のこと。まだ他の子が遊んでいる時分に、京料理老舗店で修行をはじめた。最初の2年間は庭掃除、下足番などの下積みに徹し、3年目にやっと包丁を握ることを許された。ここで「学ぶは、ガマンするにあり」と体得したという。茶懐石、日本料理、寿司など数々の店を回って料理の腕を磨いた後、東京へ。そこで知人の紹介で知り合ったのが、「はや川」のオーナー、早川氏である。
早川氏は奥田さんと同様、17歳という若さで起業した敏腕実業家。アパレル、不動産、美容、そして飲食店など、これまで多数の事業を成功に導いてきた。その経営手法は異色で、例えば、ラーメン店出店時には、自ら厨房に立ちメニュー開発にあたる。どんなビジネスでも徹底的に自分の手で確かめてから創業するとスタイルを貫く。従業員も昨日入ったアルバイトに至るまで記憶し、一人一人に丁寧に接する。「とにかくスケールのでかい人です」と奥田さんはいう。
奥田さんは早川氏とともに、寿司、京料理、ハワイアンカフェ、イタリアン、ラーメンなど、和食に留まらない多様なジャンルの飲食店開業を手掛けてきた。「僕は、京料理で最初から総合的に和食を学べたのがよかった。素材や器の見極めや、懐石、精進など種類によって細かく異なる作法の学び方など、あらゆる料理に共通するスキルを実地で身に付けられたんです」。
「はや川」誕生のきっかけとなったのは、早川氏のダイエット。羊キャベツ鍋で50kgもの減量に成功した氏が「羊肉はヘルシーだ」と気づき、立ち食いジンギスカンのアイディアを思いついたという。出店地は下町っぽい雰囲気が気に入った三軒茶屋に。築50年木造建築の元パチンコ景品所をスケルトン状態にして、間口2.5m、奥行5.7mという限られたスペースに、綿密な図面づくりにより、厨房と最大10名まで入店可能な立食カウンターを整備した。

飲食店に必要なのは「ライブ感」
上質な肉を得るためには、自分で歩く

「はや川」の上質かつリーズナブルな羊肉は、奥田さんによる地道な仕入れルート開拓によってもたらされている。開店にあたり、奥田さんは東京中の卸業者を回り尽くし、品質・価格ともに「ここぞ」という所を見出した。主力はニュージーランド産、ラムチョップやスペアリブなどは身付きの良いオーストラリア産と最適種を使い分ける。厳選された羊肉の旨味をさらに増すのが、厨房に設置する「氷温熟成庫」だ。-1℃で3日以上寝かせた肉は、クセが消えまろやかになり、お客様の反応もまったく違う。「何でも自分で調べて、食べて、歩いて、納得いくものだけを出す。それが大事」と語る。
店で大切にしているのは「ライブ感」。肉は、カウンターに立つお客様の目の前で、必ず注文を受けてからカットする。「今は職人を見て店を選ぶ時代。こちらも包丁には自信があるし、肉の新鮮さも表現できる」。客から厨房が見えると、店側も衛生意識が高まるというメリットがある。そのため、今後出す新規店でも裏はつくらないという。「飲食業の醍醐味は、旨いものはうまいと、お客様にすぐに回答してもらえること。これが自分にとっても一番楽しいんです」。食べ物だけでなく、料理人が腕をふるう姿までも“楽しみ”として提供する割烹の思想と相通ずるものがそこにはある。
こうしたクリエイティブな柔軟な発想の背景には、奥田さんのユニークな経歴がある。父親が小料理屋を営む傍ら、趣味で三味線・ハモニカを演奏し、母親はクラブ歌手という音楽一家に生まれた奥田さんは、自身も21歳でいったん料理人を辞して、渡米。サックス奏者として活躍している。「寿司屋でも何でもずっと料理一本だと頭でっかちになり変則が出来ない。でも違う仕事を経験してみると、“こうしたらこうなるんじゃないか”という発想が出るので面白い」。エンターテイナーとしての感性と才能は、再び料理の世界に戻ったとき、最大限に発揮されることとなった。
現在、来客の半数は20~40代女性。最初は友達と訪れ、2回目以降はひとりで気軽に立ち寄る人も多いという。男性客の多い肉業態にあって異例の女子需要を獲得しているのも、奥田さんの柔らかで丁寧な接客と確かな料理の腕を知れば頷ける話だ。

常に「世の中にないもの」を追求
国境を越えて広がる飲食業のダイナミズム

奥田さんと早川氏が、新規店舗のプロデュースに際して常に大切にしていること。それは、「世の中にないものを出す」というコンセプトである。「他の人がやっていることはしない。でも、飲食店はそれこそ星の数ほどあるので出遅れたらアウト。常にアンテナを張る。ここだって立ち食いジンギスカンではなく“焼肉”だったら、他の二番煎じでダメやったろうね」。繁盛店を生み出す原動力は、未開拓の地平を求める飽くなき探求心にある。
今後の展開も実にアクティブで、東京、名古屋、大阪で、「はや川」はじめ系列店の支店を複数開店するべく準備を進めている。この4坪の小さな店は、和食を極めた料理人の粋、卓越した経営センス、そして、たえず変化する飲食業のダイナミズムの結晶でもあり、断面でもあるようだ。東京を彩るあまたの飲食店のひとつひとつに、こうして、たくさんの知恵と想いとエネルギーが込められているのだろうか。都会の片隅から垣間見た広大で奥深い世界に、心からの敬服と感銘を覚えつつ店を後にした。
(取材日:2016年8月5日)

奥田 亮太さん
1974年、京都府生まれ。13歳より京料理の道に入り、茶懐石、日本料理、寿司店等で和食の腕を磨く。東京で実業家の早川氏と出会い、同氏の下で総料理長として飲食店開発・運営に携わる。15年12月、三軒茶屋に「立ち喰いジンギスカンはや川」オープン。氷温熟成の厳選羊肉を、立ち食いでリーズナブルに味わうユニークなスタイルが話題を呼んでいる。

立ち喰いジンギスカン はや川
住所:世田谷区太子堂4-23-5
TEL:03-6450-9293
営業時間:月・火・木/17:00~24:00
金/17:00~翌1:00 土/12:00~翌1:00
日・祝日/12:00~24:00
定休日:水曜日
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