インタビュー
居抜き開業を成功させたオーナーに、成功の秘訣や開店までの裏話などを伺います。

心優しいパパ店主が営む
家族連れもOKの愛すべき小料理店

地下鉄三軒茶屋駅から徒歩5分、小料理屋『㐂翔(きしょう)』は、象牙色の建物に円型の入り口が印象的なお店だ。開業は2014年9月3日、もうすぐ3周年を迎える。店主の進藤剛さんは料理人歴20年。季節料理店など数々の店舗で磨いた腕をふるって、季節折々、心のこもった手作りの品で客をもてなす。夜営業がメインだが、昼も予約制でランチ利用が可能だ。

個性的な三軒茶屋の街にあって、この界隈は住宅街との隣接点にあたるエリア。近隣の方々に気に入っていただき、大人のひとり飲み、グループ飲みだけでなく、週末は子連れのファミリー客も訪れるという。「うちは小料理店だけどお子さんもOK。自分も2歳の子どもがいますし、他のお客さんもあたたかく見守ってくれています」。店で仕込みをしていると、塾帰りの子ども達がおしゃべりしていくことも。ご近所で人気のお店の開業ストーリーを進藤さんに伺った。

見つからない物件に焦る毎日……
ピンチを救った嫁のひとこと

進藤さんが料理に目覚めたのは、なんと小学校低学年の頃のこと。見よう見まねで包丁を覚え、共働きの両親の不在時に自炊をするようになったという。短大卒業後も迷わず調理師学校に進んだ。下積み時代を経て、33歳で当時勤めていた季節料理店の店長に昇任した。「店長になったら3年できっちり辞めて独立すると決めていた。なので、その時から逆算で開業のためにありとあらゆる準備を始めました」。

当初の開業希望地は恵比寿、六本木、銀座などの都心部。だが、すでに複数店舗を展開し資金力もあるオーナー達との物件争奪戦は思った以上に厳しかった。半年近くが過ぎ、職を辞した頃から焦りが募った。探索エリアを広げ、新宿、四ツ谷、飯田橋、遠くは上野の方まで物件探しに奔走した。「ひがな一日パソコンの前で物件チェックをしているとまるでプータロー。とにかく動いていないと、と気が気でありませんでした」。

そんな八方塞がり状態を打開してくれたのは、奥様のひとことだった。「嫁が『落ち着け』と。遠方に決まったらどうやって通うんだ、と(笑)。その言葉で冷静さを取り戻せました」。現物件との出会いも奥様の言葉がきっかけだった。地元・三軒茶屋にあるこの店舗が空いていたのは前々から知っていたが、前店舗がコロコロと業態を変えていたので、正直、良い印象ではなかった。「でも嫁が言うんです。とりあえずこの物件を見に行ってこいって」。

渋々ながらも物件に赴き、ABC店舗の営業担当、そして提携施工会社の有限会社ウィン・鈴木健志社長と3人で話をした。「カウンターメインで、シンプルな店で。店の構想を伝えると、鈴木社長が『いくら出せますか?』と。それで幾分少な目に『これぐらいなら出せます』と伝えると、『分かりました、やりましょう!』と即決。それから一気に転がるように話が進みました」。融資申し込みもまだの段階だったので、税理士に電話して大慌てで必要書類を用意し、急ピッチで物件取得の準備をととのえた。

瞬息で生まれ変わる新メニュー展開が売り!
目下のテーマは“東京”

小規模店でありながら『㐂翔』にイキイキとした活気が感じられるのは、進藤さんのたゆまぬメニュー開発のたまものだろう。「僕、けっこう飽きっぽいので毎日メニューを変えてる。定番はあまりなくて思いつきでどんどん新しいのを創っちゃうんですね」。いまハマっているテーマは「東京」。東京あきる野軍鶏(しゃも)、地元の朝採れ世田谷野菜、府中の地鶏卵など、めずらしい食材を見つけてきては新メニューとして投入する。これなら週一ペースで通う常連客も次回の訪問が楽しみになる。地元密着店として長く続いていくための進藤さんの仕掛けだ。

飽くなき探求心をもつ進藤さんはお酒も普通のラインナップでは満足しない。多忙な一人営業の合間をくぐって、自転車で近隣地区の酒屋をくまなくチェックし、東京でなかなか入手できない酒に的を絞って調達している。選び方もユニークで試飲はせずにラベルデザインなどを見て“ジャケ買い”するのだそうだ。「いま困っているのは酒屋探し。良い店を見つけると3日くらい連続で通って、めぼしいものは買い尽くしてしまうので」。

店休日は家族サービスで外に出かけることも多いが、その先でも忘れないのが酒屋めぐり。「嫁からどこどこに行きたいと言われると、その近くの酒屋を全部調べて。お昼に美味しいもの食べて、近くの地元密着の店で4~5本買って帰る。『また酒屋でしょ』と怒られるんですが(笑)」。進藤さんのように個人的な関心と仕事が一致すると、大変なことも多い飲食店経営に楽しさがプラスされるだろう。

将来は若手料理人を応援できる店を
理想と現実の差を受け容れて臨機応変に

これまで2年9ヵ月営業してきて心に残るエピソードを進藤さんに尋ねると、「毎日の営業」と答えてくれた。「常連さんも増えてくれて、時が経つうちに、最初はお付き合いしていたふたりが結婚して、お子さんも生まれたり。先輩パパとしても嬉しい」。逆に、一番辛かったのは、開店景気が落ち着いた3ヵ月目、客がまったく来なかった日があったこと。悔しくて奥様の前で大泣きしたが、それ以来、泣かない、文句は言わないと決めた。「文句言うと嫁にやめちまえと言われるので(笑)。それくらいですね」。

将来の展望については「理想論でいうと3店舗くらいは持ちたいな。ただし、僕も常に現場に立ち続けていたいので、自分が経営者としてではなくて、才能ある若い子たちとの共同経営のかたちで。そのためにも、まずは自分が実績を積み上げて、物件取得や融資取りつけの手助けができるようになるといいなと思います」。開業で苦労してきた自分の経験を後進のために活かせれば、と語る。

これから飲食店開業を目指す人に向けては、こんなアドバイスを頂いた。「僕もそうでしたが、理想と現実はすごい違う。いくら六本木、麻布でやりたいと言っても、それらの一等地では初心者は難しいという現実を早めに受け入れないと、何も動かない。第三候補くらいは決めておくといい。そして、例えば三茶は個性的とかその街々で違う流れがあるので、柔軟にコンセプトを調整すること。店の営業も同じ。組織にいると守られているし、給料も確実にもらえるけど、独立すると現実の厳しさを突きつけられる。臨機応変。この姿勢がどんなときにも助けてくれると思います」。
(取材日:2017年6月2日)

進藤 剛さん
1977年、東京都生まれ。短大卒業後、調理師専門学校入学。季節料理等の店舗で厨房、店長経験を積む。2014年、三軒茶屋に小料理店『㐂翔』をオープン。東京あきる野軍鶏や世田谷野菜などユニークな素材を取り入れたメニュー開発と、自ら自転車に乗って酒屋から仕入れるレア日本酒が魅力的。大人だけでなく家族連れでも入りやすい店として地元で定評がある。

㐂翔
住所:世田谷区太子堂4-30-27 カーサピッコラ三軒茶屋
TEL:03-6413-8368
営業時間:火~金/17:00~24:00(L.O.23:00)  土・日・祝/16:00~24:00(L.O.23:00)
定休日:月曜日
店舗情報:食べログ