インタビュー
居抜き開業を成功させたオーナーに、成功の秘訣や開店までの裏話などを伺います。

常時30種の樽生&ボトルビールが揃う
経堂のクラフトビール専門店

 世田谷区経堂は「住みやすい街」として近年人気を集める。その理由は、小田急線急行利用で新宿・渋谷まで最短12分~13分という利便性。また、大小5つの商店街、自然豊かな緑道、東京農大をはじめとする数多くの文教施設といった恵まれた住環境もある。そんな経堂の街に2015年10月9日、ちょっとユニークなビアバーがオープンした。炭焼き料理とクラフトビールの店「すみくらふと」だ。

 駅南口から農大通り商店街を抜けて徒歩7分、城山通りとの交差点に在るこの店の目印は、ロゴマークの鳥と麦をプリントした大きな紺暖簾。懐かしい雰囲気のガラス戸をカラカラと開けると、シックな色合いが印象的な木製カウンターが目に入り、厨房には5つのビアタップを備える大型冷蔵庫が鎮座し、ビール愛好者たちを歓迎する。「うちで用意しているのは、樽生5種と、ボトルビールが20~30種くらい。すべて海外のもので揃えています」と、迎えてくれたのは店主の大森翔さん。190cm近い長身で5.6坪の小さな店を切り盛りする姿が、何となくほほえましい。穏やかな佇まいの中に幅広い知識と尽きぬ探求心を秘めた、豊かなるビールの世界への道案内人である。

クラフトビールに魅せられ飲食の道に
炭焼き、海外ビール、自作ビアサーバーで自店オープン

 大森さんとクラフトビールとの出会いは、大学時代。地元・札幌でカリフォルニア出身の米国人オーナーが開く名物ビアバー「BEER INN 麦酒亭」で出されたビールに感銘を受けた。元々、料理や食べることが好きだったため飲食業界に入り、焼鳥店、蕎麦店を経て、奇遇にも学生時代親しんだ「麦酒亭」で勤務する機会を得た。< 「麦酒亭」は300種にも及ぶ世界各地のボトルビールを常備。希少なコレクションに全国から熱心なファンが集まり、店頭に立つ大森さんにも「一緒に飲むかい?」と声がかかる。ご相伴に預かるうちに自然とビールに関する知識が付き、原材料を見てどんな風味か予想できるまでになった。いずれ自分の店を……と考えていたところ、出資者が現れ、独立開業に乗り出すことになった。
 ”炭焼きと海外産クラフトビール”というコンセプトは、「クラフトビール店でも海外銘柄が揃う店は少ない。それにビールのお店って食事のことを考えているところって少ないんですね。だから、料理も楽しんでもらいたい」という想いから発案した。物件探しでは、炭火焼OKな店舗が少なく苦心した。その中で出会ったのがABC店舗で出されていた経堂の現物件。少々手狭なのが難点だったが、個人店が多く面白げな街の雰囲気が気に入った。

 開店準備で注力したのは、厨房に設置した自作のビアサーバー兼冷蔵庫。まず自宅の冷蔵庫で試作版を造り、手ごたえを得た後に製作に着手した。内部には、食材とともに樽生ボトル5本が貯蔵でき、庫外のタップから直接グラスに注げる。「ふつうビールは開栓すると3~4日しか持ちませんが、これなら1~2週間鮮度を保つことができる」という高性能ぶりだ。

5.6坪の小さな店に広がる
クラフトビールの小宇宙

 「クラフトビールっていっぱいあるけど、何を飲んだらいいの?」という方は、ぜひ一度、「すみくらふと」を訪ね、大森さんに自分に合ったビールを探してもらうといい。最近人気があるのはIPAという苦めのビールだが、モルトの効いたものは甘味もあって飲みやすいという。また、大森さんイチオシなのが、サワーエールやランビックなどの酸っぱいビール。自然乳酸発酵で醸造するため、ほのかにお漬物のような香りがし、特に女性には好まれるそうだ。ビールは“薄張りグラス”での提供にこだわる。通常のグラスは厚さがあるのでビールが最初から舌の奥に入ってしまうが、薄張りグラスは口あたりが心地よく、舌先から転がすようにビールを味わい、その豊かで複雑なアロマやフレーバーを心ゆくまで堪能できるという利点がある。店の口コミを見ても、この薄張りグラスは、クラフトファンにたいへん喜ばれているようだ。

 料理もビールに合わせ、創意に富んだ手づくりの品を提供する。今の時期(8月)だと羊肉、ズッキーニの炭焼きやアーリオオリオ(にんにくとオリーブオイルのソース)などの人気が高い。「味が単調になってしまうので」添加物は使わず、東京最南端・青ヶ島産の世界唯一の溶岩地熱塩、トスカーナ産の早摘みオリーブオイルと、厳選した調味料を使用する。いずれも微量成分による特徴ある味がクラフトビールに馴染むのだそうだ。また、カレイの煮つけ、いくら、塩辛など、一般には「ビールに合わない」とされる料理も、実験的に導入。最適銘柄を選び出し、和食とビールの新たなマリアージュを提案する。

 「ビールを飲めない人にも楽しんでいただける料理を出したい。また、アルコールがまったくダメでなければ、“苦いのが苦手”、“スーパードライしか飲んだことない”という方にも、飲みやすい種類を提案できます」。他にも、バーボン樽で熟成させたスタウト、香辛料やフルーツとともに発酵させた日本ではなかなかお目にかかれないクラフトビールなど、次から次へと、マジックのように逸品が放たれるこの店は、まるでクラフトビールの魅惑的な小宇宙のようだ。

「たくさんの人にビールを楽しんでもらいたい」
北海道の大地のようにあたたかな笑顔にファンが集う

 開店から10ヶ月、「すみくらふと」の主な客層は、30~50代のグルメ好きな方々という。やや男性が多いが、ご夫婦連れや友人同士、おひとりでぶらりと訪れる方も多い。食べ歩き・飲み歩きを趣味とする方が遠く県外から訪れ、週末は常連さんたちで賑わう。「個人店だと、お客さんとハッキリ線引きして付き合う人、プライベートでも遊んだりして親しく付き合う人の2パターンに分かれますが、自分は後者ですね」。こだわりのビールと美味しい料理、そして何より、大森さんの北海道の大地のようにあたたかな笑顔と来れば、リピートしたくなってしまうのも納得である。

 「これからもたくさんの方にクラフトビールを楽しんでもらいたい」と語る大森さんは、いずれは札幌や都内他所でも同様の店を開いていきたいと考えている。これから飲食店開業を目指す方々に向けては、「今はチェーン店でも特色を出すことが必要な時代。味へのこだわりなど、何かしら特化したものを作ることが大切だと思います」と語ってくれた。

 インタビューの最後に、お手製のビアサーバーから、ハワイはマウイ醸造所の「マナウィート」を注いでいただいた。ゴールデンパインとコリアンダー(香菜、パクチー)を使用したウィート(小麦)ビアーで、光を帯びた黄金の色味が美しい。口に含むとフルーティーな薫りと風味が広がり、これまで飲んできたビールとは全く別物に思える。飲み手の嗜好を瞬時に把握するマジックに、ビールが苦手な筆者も思わず感嘆の声をあげると、「そうでしょ?」というように大森さんがにこやかに微笑んでいた。
(取材日:2016年8月18日)

大森 翔さん
1985年北海道札幌市生まれ。大学時代にクラフトビールに出会い、いくつかの飲食店勤務を経て、札幌の名物ビアバー「BEER INN 麦酒亭」入店。カリフォルニア出身のオーナーの元でクラフトビールへの造詣を深める。15年10月、東京・経堂に炭焼き料理とクラフトビールの店「すみくらふと」をオープン。常時5種の樽生ビールと20~30種のボトルビールはすべて海外銘柄を揃える。ここにしかない独自のビアセレクションのために、遠方からわざわざ足を運ぶファンも多い。

すみくらふと
住所:世田谷区経堂5-29-21 フジビル1F
TEL:03-3429-5095
営業時間:[月〜土]17:00〜26:00 [日・祝]12:00〜
定休日:不定休
店舗情報:Facebook食べログ