インタビュー
つくりたい店、味わってもらいたい料理 狙いからブレず、真っ直ぐに
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産地直送鮮魚に迫力の塊肉、豊富なワインも オーナーの人脈をフル結集して仕入れるこだわり素材たち
イタリアンレストラン『Brio kitchen』(Brioはイタリア語で「元気」の意)は、東急東横線都立大学駅から徒歩10分。音楽や演劇の公演が開催される区立「めぐろパーシモンホール」すぐ先の、柔らかな黄色の外壁が目印の店だ。開業は2015年3月1日。代官山、中目黒、自由が丘など東横沿線の他の華やかな街とは少し異なり、一段落ち着いた住宅街の雰囲気に包まれたこの街にあって、「良いものを、適価で」の精神で常にサービス向上に努めている。
オーナーシェフの中島郷さんによると、「おすすめ料理は全部。どの品も食材・調理法とも妥協せず力を入れています」ということだが、中でも、旧知の業者と試食を重ねて素材を選ぶ塊肉料理や、大船渡や五島などから産直で仕入れる季節の魚介料理はいちおしの絶品。オーシャンビーフ「リブアイのビステッカ」500g(5,000円)、幻の黒豚「ネロ パルマ」の生ハム(1,000円)、青森産平目のカルパッチョ(1,500円)、根室産生うにのペペロンチーノ(2,600円)など魅力的なラインナップが並ぶ。
ワインは約120種と豊富なコレクションを誇る。産地はイタリア産が9割で、フランス産、チリ産なども揃う。3,000~22,000円まで様々なグレードのものがあるが、こちらも全て中島さんが自ら試飲して厳選し、長い付き合いのインポーター達から直接仕入れることで、上質な品を一般水準よりもかなりのサービス価格で、時には「横流し同然の価格で」提供している。噂が噂を呼び、訪れる人が後をたたないというこの店の開業経緯や店舗づくりの工夫を、若き経営者である中島さんに伺った。
独立するなら30歳までに- 開きたかったのは“自分自身が行きたくなる店”
中島さんが料理の道に入った時期は早く、中学卒業後に入った調理師専門学校が始まりだった。「とにかく勉強ができなかったので、親にも手に職をつけろと言われて」と当時を振り返るが、おそらく、教室の授業には中島さんの心をときめかすものは見つからなかったのだろう。専門学校では、和洋中とあらゆる料理を学ぶうちに、イタリアンに心を惹かれるようになり、研鑽に励んだ。同級生より一歩早く社会に踏み出した中島さんは、早くから自主自律の気風に満ちていた。初の就職先となった麻布十番の著名イタリアンレストラン『ベルニーニ』(現在は銀座に移転)も、自らの足で食べ歩いて探し出した。
「当時まだ高校生で野菜とか嫌いだったんですけど、そこのサラダは本当に美味しくて。それで、求人は出てなかったけど、頼み込んで入れてもらったんです」。店では厨房だけでなくホールも担当し、飲食店運営のノウハウを幅広く学んでいった。ワインの仕入れも早い段階から任された。仕入れの際は、まず前情報なしに試飲する。そして、このテイストなら、この値段くらいで飲みたい、と値踏みするーー自分の感覚にもとづいて価値判断を行う習慣が、現在のワインや食材の目利き力や価格交渉力に繋がった。
独立開業は入店当時から考えており、その時のために少額でも毎月の貯金は欠かさなかった。さらに独立の機運を高めたのは、店の顧客たちとの会話だった。「経営者の方々も多く来る店だったので、接客していると自然に色々な話が聞ける。その中で分かったのが、男の人は30歳までにある程度の“さじ加減”が決まるということ。それなら自分も、30歳までには独立して自分の方向性を定めて、どう生きていきたいのかを見つけたいと思った」という。
中島さんが独立に際して描いた開きたい店のイメージは、「自分が行きたいお店」。自分が客として行っても、この料理・ワインでこの値段だったら払ってもいいな。そう思えるような店をつくりたい、と考えた。そのためには、なるべく原価率を上げて納得のいく食材を使いたい。ゆえに、店舗物件探しでは、駅から遠くても低家賃であることを重視した。都立大学を選んだのは、自店のコンセプトに合致するような、経済的に余裕があり、味覚もしっかりしている住民層が多いと見込んでのことだった。
小手先の味は通用しない 一流の美食眼をもつ都立大学の人々
最終的に選んだ現物件は、今ではその片鱗も感じられないが、実は寿司・らーめん店の居抜き店舗だった。カウンター等の造作も整っていたが、より効率性を増すために、思い切ってスケルトンに戻し、一から店舗造営を行った。大がかりな工事にも関わらず総工費約350万円の低コストに抑えられたのは、知人の紹介で依頼した大工と中島さんの2人だけで施工をこなしたためだ。石膏張りなどの大きな部分は大工に任せたが、店内の図面引きや、とても素人技とは思えない壁塗りは、すべて中島さんが担当した。さすがに人手の少なさから2ヶ月の工期がかかったが、イタリア現地のレストランさながらの、雰囲気ある店舗が完成した。
オープンしてから、中島さんは、都立大学という街の“地域性”をしばしば感じるという。会社経営者などの富裕層が数多く住まい、味覚が優れた人が本当に多い。少しでも鮮度の落ちた魚を出すとすぐに分かり、一度、「お金は返さなくていいから、これ下げて」と言われてしまったことも。この経験から、魚介の仕入元を築地市場から漁港直送に切り替えて鮮度確保を徹底するようになり、今では「ここの魚は寿司屋よりも美味しい」と褒められるほどになった。都心部と違って、バブリーな金の使い方をしないのもこの地域の大きな特徴だという。この街の人達は最初から高いワインを頼むだろう、と開業当初は予測していた。だが、実際は、初来店ではみな一番安いハウスワインだけを飲み、店のクオリティを確かめてからはじめてセレクトを任せてくれるようになった。無駄のない堅実な消費スタイルが印象的だったという。
店の現在の顧客は、40歳以上の年齢層が主力で、9割は地元客。中島さんの開業戦略に見事に当てはまる形となった。経営の先輩として、今後の店の展開にアドバイスをくださる方も多く、たいへん心強い存在だ。中島さんが集客方法で最も重視するのは、口コミである。「店を気に入ってくれたお客様が知人を連れて再訪してくれ、また口コミが伝わる。紹介で来てくれるお客様は店から離れにくいので、飲食店として理想的な循環が出来てきています」。中島さんいわく、雑誌やネットで宣伝すれば確かに人は集まるが、離れていくのも速い。そのため、広報はホームページとFacebookに留め、グルメランキングサイトには一切、店舗情報を掲載していない。
中島さんが目指す店の姿は、「大人の社交場」。みんなでワイワイ賑やかに会話を楽しむのはもちろん構わないし、入店に年齢制限を設けることもない。しかし、レストランに来るからには、きちんとテーブルマナーをわきまえ、皆が心地よく過ごせる空間を保ってほしい。子ども連れでの来店可否について問い合わせを受けた場合は、そうした趣旨を説明し、了承を得られた場合のみ受け入れているという。「自分が来てほしい人だけ来てもらえればいい、という強気の姿勢でやっています。一度しか来ない客よりも、やはり常連さんを大事にしたい」。自らのスタンスを貫きとおすのは時に勇気がいることだが、理想の店を実現するためには欠かせないことだろう。
厨房機器、内外装…… 開業コストを抑える工夫はまだまだ沢山ある
これから飲食店開業をめざす人達に向けて、中島さんは次のようにアドバイスする。「まずは、お金をきちんと貯めること。借りるにしても、自分で勉強して、より金利の安いところを見つけること。公庫だけでなく、区や都の制度が利用できる可能性もあります」。また、開業費用についても、まだまだコスト圧縮の余地があるという。自らの手で内外装をこなすこともそうだし、「厨房機器も業者の言い値で一式頼んでしまいがちですが、手間はかかっても、新品・中古品の相場を自分で調べて、それをもとに価格や保守サービスの交渉を行えば、かなり少ない費用で抑えられます」。
今月で店もオープン2周年を迎え、今後は増店も検討中だ。「Brio kitchenは僕がしたいことをやり続ける店。その一方で、経営的観点からは、より収益を上げていく必要も感じています。いま構想している増店案は、この店よりもぐっとカジュアルなイタリアン。ボトル2,000~4,000円で若い人達でも気軽にワインを飲めるような、より利益率の高い業態を考えています」。そのためにも、中島さんが飲食店で最も大切と考える3年目にあたる今年は、さらなる売上伸長に注力したい、と語ってくれた。
(取材日:2017年3月16日)
店舗情報【Brio kitchen】
この記事で紹介された人
中島 郷さん
1986年、神奈川県生まれ。中学卒業後、調理師専門学校に入学。数ある料理法の中からイタリアンに関心を持ち、卒業後、麻布十番『ベルニーニ』等で調理・接客技術を磨く。2015年に独立し、都立大学にイタリアンレストラン『Brio kitchen』をオープン。イタリア産を中心とする120種近くのワインセレクションと、味を追求して国内外から集めた極上素材による料理の数々は、美味い店を知り尽くした都立大学の人々からも定評を得ている。
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