インタビュー
鮮魚と酒と人間と居酒屋として結実した30年間の軌跡
- 目次
都電荒川線の走る街、大塚 鹿児島、博多の朝獲れ活魚が揃うこだわりの店
「チンチン」と懐かしい発車音を鳴らして路面電車の都電荒川線がガタゴトと走る大塚。駅前の商店街には、こぢんまりとした青果商、雑貨店、飲食店が並び、中心部にはこの地域の人々を見守るように天祖神社が静かに鎮座している。新宿・池袋からわずか数駅の都心にありながら、この街では、いまだ昔ながらのゆったりとした雰囲気が感じられる。
この地に昨年10月3日にオープンしたのが『漁師酒場・海亭(かいてい)』である。場所は、JR大塚駅南口から徒歩3分。風格ある木調の外観に、青、紫など色鮮やかな琉球ガラスの皿の装飾が目を引く。この店のいちおしは、鹿児島・佐島・博多・明石浦の各漁港から直送される朝獲れの活魚たち。明け方まで元気に泳ぎ回っていた魚を、同日夕方には都内で食すという贅沢が味わえる。
メニューに並ぶ魚は季節によって変わるが、この時期のおすすめは、生鰹の塩たたき(1,100円)。刺身にできる鮮度の鰹をあえて炙り、ニンニクと薬味で土佐風に頂く。ガーラ、スマカツオ、チカメキントキ等の珍しい魚も揃う。定番の宇和島風鯛飯(680円)は、特製卵だれに天然真鯛をつけこみご飯にかけて食べる逸品。まさに高級TKGといえる。また、ご当地鹿児島・野々湯温泉とここでしか味わえない幻の本格焼酎「旅の途中」など、酒も希少種が豊富に揃う。
席構成は、オープンカウンター10席、テーブル8席、掘りごたつの個室1室(13席)と、宴会でも一人や少人数の飲みでも使いやすい。オーナーの河邉 恒治(かわべ こうじ)さんは、これまで約30年間、飲食とは無関係の業界で会社員を勤めた後、一念発起してこの店を開業したという。今回は、河邉さんに、飲食業に転身した経緯や開業時の苦労、そして魅力的な店舗づくりの工夫などを伺った。
銛を片手に全国をまわった会社員時代 「本当に美味しい魚を東京に」という思いが原点
会社員時代、転勤や出張が多かった河邉さんは、全国津々浦々で目が覚めるような美味しい食材の数々に出会ってきた。特に福岡に3年赴任していた際は、大衆居酒屋でも魚が新鮮で感動した。自分でも素潜りしての魚突きが長年の趣味。4mに及ぶ手銛(てもり)で急所のこめかみを突き刺し、そのまま海中で血抜きをし、船上で食す魚の美味さにいつも感銘を受けてきた。
「でも、東京に戻ると、そんな魚を安価に出す店はほとんどない……そこで、本当に美味しい魚をリーズナブルに味わえる店をつくりたい、と考えたのが開業のきっかけでした」。学生時代から飲食業への憧れはあったものの、やはり初めての開業は不安でいっぱいだった。だが、50代も半ばに入り、会社の先輩達が次々と退職を迎える姿を見て、「長年の夢を叶えるなら今だ」と意を決して開業に挑んだ。
ところが、肝心要の店舗物件がなかなか見つからなかった。15~20坪くらいで、駅近、料理人達とやり取りしながら料理を楽しんでもらえるオープンキッチンでーー毎朝起きてすぐに物件情報を総チェックして5ヶ月。ついに見つかったのがこの店だった。「前店舗は高級和食店。オーナーさんがとても綺麗に店を使っていたので、店頭以外はほぼ変えず、省コストでの開業が実現できました」。
甑島、野々湯―自ら歩いて探し当てた各地の名産 新進気鋭の料理長&ベテラン板長の心強きスタッフ
敷居が高そうな外観なのであえて「漁師酒場」という親しみの湧く名前にしたというこの店は、河邉さんがこれまでの人生で紡いできた人との縁の縮図となっている。例えば、鹿児島・上甑島からきびなごを送ってくれる漁師とは旧知の仲。誰もが認める島一番の漁師で、新鮮で日持ちのする最上級品を獲るために、きびなごの胃腸が空になる午前2~4時にしか漁を行わないというこだわりを持つ。
漁と並行して温泉めぐりをする中で訪れた鹿児島の秘湯・野々湯温泉では、芋焼酎の幻の銘酒「旅の途中」に出会った。味に惚れ込み社長に仕入を直談判。見事に快諾を得て、現地以外では全国唯一の卸先となる幸運を得た。何十回も通っている八丈島からも、契約農家や醸造元の知遇を得て、名産野菜「あしたば」や、島で自然放牧されているジャージー牛のヨーグルトリキュール、香り高い麦焼酎「麦冠情け島」などの貴重な品を仕入れる。「生産者との強いつながりはうちの強みです」。
厨房には心強い歴戦の料理人をスカウトした。若き料理長の飯塚剛敦さんと、長年日本橋で海鮮料理店を営んできた板長の長澤亜明さんである。今年32歳の飯塚さんは、神楽坂で10年間修行した本格派の和食料理人。「この世界ではまだまだ若いですが、オーナーと一緒に自分もチャレンジしたいと思い入店しました」とその経緯を語る。
調理、人柄、コミュニケーション能力とも同世代で彼に並ぶ人材はいない、と河邉さんも太鼓判を押す飯塚さんが料理をする上でこだわるのは、「最高の鮮度をもつ素材の味を壊さないこと」。この心得がよく現れているのが、隠れた人気メニューの鯵フライ。丁寧に骨抜きした鯵に、塩としょうが汁をふって一晩置き、翌日にパン粉をまぶしてカラリと揚げる。素朴ながら1日がかりで作り上げるこの一品は、サクサク感、ほくほく感、旨みが全く違うと評判だ。
初めての開業はわからないことだらけ 専門家のサポートを得るのも一つの選択肢
「海亭」の顧客は、40代以降が多くを占め年齢層が高い。「大塚は駅の北側は歓楽街ですが、南側のこちらは小石川、音羽、茗荷谷などの高級住宅地も間近。お客様も近くにお勤めの会社員に加え、この辺りにお住まいの開業医や大学教授、企業経営者がよく来店されます」。土日には子連れの家族客も利用する。客単価は約5,000円と周辺同業種に比して少し高めの設定だが、お客様の満足度は高く、逆に「安いね」と仰っていただき、喜んで帰っていかれる方が多いという。
2月からはランチ営業も開始して、半年目にして本格的に店のかたちが出来てきた。今後はこの昼夜の両輪をうまく回して、この店の目標や現状を整理・分析しつつ、2店舗、3店舗目の構想を練っていく予定だ。それに向けての今一番の課題は、人材育成。「独立心旺盛な若き料理人達をこの店に入れ、飯塚料理長に続く人材を育てていきたいですね」。
これから飲食店開業を目指す人達に向けては、次のようにアドバイスする。「初めての開業は分からないことばかりで不安や心配も多い。私はコンサルタントに依頼して、物件選びや売上予測へのアドバイスをもらい、だいぶ助かりました。そうした専門家の活用も一案かも」。これからもご縁を大切に、様々な人達と手を携えながら事業拡大を目指していきたい、と語ってくれた。
(取材日:2017年3月23日)
- 住所
- 東京都豊島区南大塚3-51-10 TKビル 1F
- 電話
- 050-5593-6147
- 営業時間
- [月~金] 11:30~14:00(L.O.13:30) 17:30~23:00(L.O.22:00)
[土・日・祝] 17:00~22:00(L.O.21:00) - 業種
- 海鮮居酒屋
この記事で紹介された人
河邉 恒治さん
オフィス ブルーオーシャン代表。1960年、東京都生まれ。一般企業で約30年間勤めた後、長年思い描いていた飲食店開業の夢を実現すべく、2016年、大塚に『漁師酒場・海亭(かいてい)』をオープン。名物は、博多、鹿児島、明石などの漁港から直送で仕入れる旬の朝獲れ鮮魚。刺身、焼魚、煮付け、揚げ物など、様々なメニューで楽しめる。ご当地とこの店でしか味わえない幻の焼酎を含め、魚料理にぴったりの日本各地の地酒も揃う。開店から半年で早くも評判の店となりつつある。
- 注目のキーワード
- おすすめの記事