インタビュー
日本酒好きが集う 旬の食材を活かしたコース一本の創作割烹
- 目次
会社員から料理人の道へ 自戒の念込めた店名は「身ノ程知ラズ」
閑静な住宅街の落ち着きと、学生街の賑やかさが共存する稀有な街、明大前。駅を降り、幾重にも重なる小路を抜けると、荒々しく塗られた手塗の壁に、木製の扉が趣を漂わせる一軒の店にたどり着く。表札に「身ノ程知ラズ」の文字が躍るこの店は、オーナーの千場 誉さんがお一人で営むコース一本の割烹だ。
元々東京海上日動火災保険に務める会社員だった千場さんは、よく週末に同僚や友人たちとホームパーティを開いていたそうだ。「最初は各々が好きなつまみを持ち寄っていたんですけど、なんか物足りなくなってきて自分で料理するようになったんです。その延長線上で、今みたいなコース仕立てにするようになって、そしたらこれ楽しいなって。笑」 ここから、千場さんが料理人を目指す日々がはじまった。9年間務めた会社を辞め、見様見真似で技を学び、たった2年で独立を果たしたのだ。店名の身ノ程知ラズは、そんな飲食業経験の少ない自分への戒めも込めて名付けたという。
不動産会社に直談判 持ち前の行動力が引き寄せた、物件との運命的な出会い
コンパクトながら趣ある店内は、細部まで意匠が尽くされている。そんな空間に一目惚れし、その日のうちに契約をしたという千場さんの物件探しは、一体どんなものだったのか。
「いいと思う物件に手を挙げても、別の人に取られてしまうことが続いたので、それならと、ABC店舗さんに直接こういう物件がほしいから、出てきたら教えてほしいと伝えに行ったんです。そうしたら、“数日後にこういうのを出す予定なんですけど”ってその場で紹介してもらったのがこの物件で。」こうして千場さんは、見事、自分の理想の物件を手に入れることに成功した。会社員を辞め、全くの異業種である料理の道に進んだ時のように、ここでも千場さんのアグレッシブな性格が遺憾なく発揮されたようだ。
惜しまれつつ閉店した前店舗は、地域に愛される名店だった。その後を引き継ぐ形で、内装も変えず、同業態でスタートしたのが千場さんの店だ。居抜き物件では前店舗の評判も営業に大きく影響すると聞くが、今でも前店舗を愛する人が入れ替わり立ち代わり訪れてくれるという千場さんの店には、その恩恵しかないという。そして、前店舗の常連さんたちは皆、口をそろえて「変わっていなくて嬉しい」という言葉を残していくそうだ。
料理は月ごとに変わる創作のコースのみ 時間や空間も一緒に味わってもらいたい
前菜・蒸物・椀物・小鉢・揚物・煮物・焼物のうち5品で構成されるコースは、その時々の旬のものを使い、魚、肉、野菜のバランスが考えられたものだ。「コース料理なので、お客様は2~3時間はここで過ごすことになるんですよね。だから少しでもゆったりとした時間を感じていただきたいんです。」と話す千場さん。そのため、本当は10席入る店内の椅子を、8席に間引いてあるそうだ。そこには、お客様お一人お一人に向き合いたいという千場さんの想いが垣間見える。
料理や器だけではなく、そこで過ごす時間や空間すべてを味わってもらうこと、そしてド真ん中の日本料理ではなく、千場さんならではのハズしや崩しを取り入れた料理を提供すること。この店を営業するにあたり、千場さんは、この二つを大切にしているという。例えば、丸く形成されたマッシュポテトの上に、柔らかく炊いた豚バラ軟骨をのせ、色鮮やかな人参とオクラで飾り付けた椀物はこの店の肉じゃがだが、見た目の美しさもさることながら、その独創的なアイデアにも驚かずにはいられない。伝統的な和食に独自の捻りが加えられた千場さんならではの料理を、楽しみに通う常連さんが多いのも頷ける。
日本酒をきっかけに広がる世界 1年の節目に開催する日本酒の会は早くも満員御礼!
千場さんが日本酒にハマり始めたのは、飲食業に転職してからだそうだ。店には、全国津々浦々の酒を飲み比べ、厳選した日本酒が並ぶ。この店がオープンして4月で1年が経つが、千場さんはこの春に、以前から温めていた企画「日本酒の会」を初めて開催することにしたそうだ。記念すべき第1回のテーマは、幻の酒「十四代」で知られる山形の高木酒造が開発した注目の酒米「酒未来」。この酒米を使用した4銘柄の酒を、料理とともに飲み比べることができる貴重な会だという。嬉しいことに、この会は既に満席となっているが、千場さんは、今後もテーマを変え、頻繁に開催していきたいと話す。そうすることでお客さん同士の横のつながりを育てていきたいという千場さんの想いからは、この店をきっかけに日本酒好きのコミュニティを育て、日本酒ファンを増やしたいという酒好きの使命感も伺える。
人生の大きな転機となった開業というイベントを、持ち前の行動力で着々と達成してきた千場さんだが、今は、次の目標が見つからないことに本気で悩んでいるそうだ。とはいえそれは、夢を叶えた人の贅沢な悩みでもあるのだろう。少ない経験で、まったくの異業種から飲食業界に飛び込んだ千場さんの成功の裏には、常に彼の料理や日本酒に対する温かい想いが寄り添っていたように思う。そしてその想いは、これからの「身ノ程知ラズ」をもっともっと愛される店へ、導いてくれるのだと思う。
(取材日:2018年3月14日)
- 住所
- 東京都世田谷区松原2丁目29−17
- 電話
- 03-6883-9777
- 営業時間
- 18:00~0:00(ご入店は22:00まで)
- 定休日
- 日曜日
- 業種
- 割烹料理店
- 店舗情報
- 公式サイト
この記事で紹介された人
千場 誉さん
2006年4月~2015年3月の9年間、東京海上日動火災保険株式会社に勤務した後、脱サラして飲食業界へ。新橋や目黒に店舗を持つ割烹、和酒バルにて2年間修行を積み、独立。2017年4月に明大前に和をベースに季節の料理を味わえる割烹「身ノ程知ラズ」をオープンさせる。
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