東京都新宿区にある神楽坂は、都会に居ながら古き良き情緒が感じられる街です。休日になると、お洒落なカフェやレストランを目当てに、多くの人々が足を運びます。また、映画に登場する石畳や細い路地が多く存在するのも魅力です。今回は、神楽坂のアクセスや歴史、さらには街の様子などをご紹介しながら、神楽坂の魅力をお伝えします。

歴史情緒と風情が漂う神楽坂

神楽坂は、大正時代に隆盛を極めた花街でした。今でも至る場所に花街特有の路地が存在します。現在の神楽坂は、クラッシックとモダンが上手く融合した街の代表で、アクセスの良さに加えてクリーンな街というイメージが定着しているようです。一度は住んでみたい憧れの街として、メディアでも多く取り上げられています。

4つの駅を利用できるアクセスの良さ

神楽坂には、東京メトロ東西線「神楽坂駅」・都営地下鉄大江戸線「牛込神楽坂駅」・東京メトロ南北線「飯田橋駅・」JR総武線「飯田橋駅」という4路線4駅があります。商店街までは、どの駅を利用しても徒歩3~7分というアクセスの良さです。中でも、神楽坂6丁目商店街へは、牛込神楽坂駅がもっとも近い駅となります。新宿・東京・池袋・新橋まで約20分という利便性も、人気を集める理由のひとつと言えるでしょう。

神楽坂の歴史

神楽坂が発展した背景は、14世紀頃まで遡ります。群馬県赤城山南麓(現在の前橋市大胡)の豪族大胡氏が、光照寺周辺の高台にあたるこの地に、牛込城を築いたのが神楽坂の始まりです。当時は、神楽坂通り商店街の約4分の1が石垣の囲いの中にあり、郭内には武器を作る職人が住んでいました。

江戸時代に入ると、大老酒井忠勝が坂上の矢来町に屋敷を譲り受け、江戸城の外濠と牛込見附が完成しました。その後、現在の「神楽坂通り」の前身となる、約1kmの大老登城道が作られます。明治に入ると、大老登城道の沿道にあった武家屋敷は撤去され、神楽坂は町人の街へと姿を変えることになりました。当時の神楽坂は、現在よりも急な階段や坂が多く存在していましたが、路地や街並みは現在もほぼ当時のままの姿を残しています。

明治28年には、現在の神楽坂駅にあたる駅が開設され、商店街や住宅街が急速に増えることになりました。縁日には多くの人が足を運び、“山の手銀座”とまで呼ばれるようになります。この頃から神楽坂は文人が活躍する舞台となり、商業と文化の街として発展します。昭和に入ると、花柳界が隆盛期を迎え、戦中戦後を経てからは、2度目の盛り上がりを見せました。高度成長期には、政治家など名立たる著名人が神楽坂の料亭を利用しています。

日本でも珍しい「逆転一方方向」

神楽坂は、全国的にも珍しい「逆転式一方方向」が採用されている街です。逆転式一方方向とは、自動車の進行方向が、午前と午後で逆転するというもの。午前中は、坂上(早稲田方面)から坂下(飯田橋方面)という流れが、午後になると反対になります。このようなシステムが導入されたのは、政治家だった田中角栄氏が自宅と永田町を行き来するために便宜を図ったためという噂もありますが、真相は分かっていません。神楽坂通りの一部は12~13時、日曜と祝日は12~19時の間に歩行者天国となり、街は一層賑わいます。

パワースポットとしても人気の街

神楽坂はパワースポットとしても人気があります。善國寺の毘沙門天をはじめ、建て替えによって現代風によみがえった赤城神社、さらに市谷亀岡八幡宮といった神社仏閣が多いのが特徴です。飯田橋駅から徒歩5分ほど歩いた場所には、縁結びの神様として知られる東京大神宮が鎮座します。東京大神宮は“東京のお伊勢さま”と呼ばれ、縁結びのパワースポットとして人気です。お伊勢参りが江戸に流行した頃、東京でもお伊勢参りができるように建てられたのが遥排殿(遠くから神仏などを拝むための建物)である、日比谷大神宮でした。大正12年(1923)の関東大震災で被災し、昭和2年(1928)に現在の地に移転、昭和21年(1946)に「東京大神宮」に改称されました。

洗練された景観

昔ながらの街並みが残る神楽坂。適度な賑わいと若すぎない年齢層が、この街の特徴です。水道橋や市ヶ谷も徒歩圏内で、カフェやレストランといったグルメも充実しています。洗練された雰囲気の飲食店から、ホッと一息できる喫茶店まで、さまざまなジャンルのお店が軒を連ねています。他の繁華街に比べると、さほど喧噪が気になることもなく、子育て世代にも過ごしやすい土地柄です。

その一方で、神楽坂通りには現在も下町のような人情味のある付き合いが残っています。有志の住民が集まって伝統芸能ワークショップを開催したり、神楽坂案内人の会があったりと、地域との結び付きが大切にされています。賑やかな通りから一歩外れると、閑静な住宅街が立ち並び、治安も良く安心して住める街としても人気です。

どんな飲食店がある?

神楽坂には、およそ1,800もの飲食店が集まっています。イタリアン・フレンチ・洋食店など、ジャンルもさまざまです。中でも、和食店の割合が全体の約2割と、高い割合を占めています。居酒屋は263店舗、BARや洋食店も200店舗を超えています。イタリアン・フレンチは約180店舗、カフェは比較的多めの157店舗です。学生やビジネスマンが足を運ぶカジュアルな店舗と、高級店がバランス良く混在しています。

どんな飲食店が出店チャンス!?

神楽坂は、言わずと知れたグルメの街です。繁盛店も多く、休日ともなれば顧客が列をなしている店舗も少なくありません。なお、繁盛店の近くには繫盛店がある定説は、神楽坂でも例外ではありません。これから神楽坂に出店をするなら、特に『和食』『居酒屋』『洋食』『BAR』といった業態に需要が集まると予想されます。

業態別 募集中の居抜き物件一覧

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・料亭錦水
・la kagu(ラカグ)
・東京大神宮
・赤城神社
・毘沙門天善國寺
・幸國寺
・サクラテラス

神楽坂に似た地域

戸越銀座
東京で一番長い商店街と知られる戸越銀座は、テレビやドラマでもよく使われます。JR山手線の五反田駅からすぐ近くという利便性の良さも神楽坂に似ています。

新橋・汐留
神楽坂のように、一歩路地を踏み入れると横丁が多く存在しています。新橋から有楽町駅
高架下にあるガード下は、男性だけでなく若い女性からも人気を集めています。

日本橋
日本橋では今もお座敷遊びができる場所があります。芸者さんが街を歩く姿を見られるのは、神楽坂や日本橋といった限られた地域の風物詩となっています。

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どんな客層?

【平日/昼】
神楽坂の平日の昼間は、ビジネスマン・学生・主婦層といった幅広い年齢層の人々が集います。平日のランチの平均単価は~1,000円が中心です。
【平日/夜】【土日】
ディナーの平均単価は、3,000~4,000円となっており、高級すぎるというイメージはありません。飯田橋駅周辺にはオフィスビルも多く、神楽坂は平日の夜に飲み会の場所としても利用されています。土日となると訪れる客層は一変し、カップルのデートや女子会など、お洒落に食事を楽しみたいという方々がランチやディナーに利用します。

人口特性

神楽坂を含む新宿区は約21万世帯、総人口数はおよそ34万人を超えています。男女比の差はほぼありません。新宿区に住む外国人は、全体の3割弱を占めています。2017(平成29)年12月時点のデータでは、15歳未満が8.8%、15~64歳未満が71.5%、65歳以上は19.7%という年齢分布となっています。

乗降人数

東京メトロが発表している2016年度の飯田橋駅(東西線・銀座線・南北線)の利用者数は、1日あたり190,749人です。前年比は2.4倍となっており、130駅中12位という高い利用率です。また、JR飯田橋駅の同年の利用者数は93,962人で、このうち約6割以上が定期利用者で、通勤や通学での利用者が多いことが分かります。

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浅草の賃貸相場

神楽坂周辺の賃貸相場は、ワンルームなら9万円前後、1K/1DKとなると10万円前後、1LDK/2K/2DKでは14万円前後となっています。さらに、2LDK/3K/3DKになると、25~30万円です。一戸建てを含めた平均相場は、15万円前後となっています。

浅草の店舗賃料相場

神楽坂周辺の店舗賃料の相場は、平均坪単価18,702円となっています。2014(平成26)年の平均単価23,590円と比べるとかなり借りやすくなっているという印象です。店舗物件の約4割は賃料が20~40万円となっています。20万円未満、40~60万円の店舗がそれぞれ2割を超える割合です。当然ながら、坪数や駅からの距離によっても坪単価が上がる傾向にあります。

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