インタビュー
居抜き開業を成功させたオーナーに、成功の秘訣や開店までの裏話などを伺います。

八丁堀が求めていた、打ち立ての麺が味わえるお店

 「麺や 七彩」は2007年2月に都立家政でオープンし、無化調・自家製麺の喜多方ラーメンを提供する店としてTVなどメディアに取り上げられ、一躍行列ができる店となった。4年で東京駅地下の東京ラーメンストリートへ移転、契約期間満了を機に昨年7月に現在の地へ。八丁堀駅A5出口から徒歩2分、前店舗があった東京駅からも八重洲口を一直線に出て徒歩10分ほどと、今までのお客様も足を運びやすい場所に路面店を構えた。

藤井:この街に必要なのは“女性が一人でも入りやすいラーメン屋さん”。ラーメン屋自体は周辺にたくさんあるが、ちょっと薄暗い雰囲気で夜は飲み屋兼用という感じのお店が多く、味もこってりした豚骨系や家系ばかり。女性が気軽に入れて、スッキリ食べられるお店がこの街には必要だと思ったんです。

 そのコンセプトに基づき、内装は明るく柔らかい白が基調。カウンター席には隣席とゆとりを持たせ、ゆっくりラーメンが楽しめる店にした。

 「麺や 七彩 八丁堀店」では、注文を受けてからお客様の目の前で小麦粉とカンスイを合わせて水回しを始め、麺棒で伸ばし、包丁で切って麺を手もみして仕上げ、すぐさま麺を茹でる。その特徴的なスタイルのため、他のラーメン店に比べると提供までの時間はかかるが、素材の良さが際立つ香り高いスープとよく絡むその麺の美味しさと、オープンキッチンから出来上がりをワクワクして待てる楽しさで顧客満足度は高い。狙い通り、女性の割合は3~4割と他ラーメン店に比べて高く、今までそれほどラーメンが好きではなかったという方もラーメン好きになってくれたとこの1年で手応えを感じている。
メニューは、ラーメンストリートから引き続きの喜多方らーめん(醤油)、移転後より提供した・喜多方らーめん(煮干し)、つけ麺の3種類がメイン。時期によって限定メニューが登場する。

無化調へのこだわりは貧しかった幼少期

 物心がつく以前から台所に立つのが大好きで、母親の作った料理に文句をつけて作り直しをさせるような子どもだったという藤井さん。好奇心が旺盛で、TVで見た料理を材料やレシピも理解できない頃から自分で作ってみたり、気に入った食べ物があればお店の人に作り方を教わり、その味を再現できるまで何度も作り続けたりしていた。

藤井:貧乏だったので滅多に外食はできなかったし、インスタント食品やスナック菓子などは買えなかった。だから自分で作るしかなかったんですが、今となっては子どもの頃、貧乏でよかったなと思います(笑)

 化学調味料を使ったインスタント食品を口にせずに育った藤井さんにとって、大人になってからその味は不自然としか感じなかった。化学調味料そのものを否定はしないが、自分の口には合わない。だからこそ藤井さんのお店では、化学調味料は一切使用していない。醤油や味噌などの調味料から、煮干し、小麦粉、卵、豚肉に至るまで、材料は出来る限り生産者さんにお会いして納得したものを仕入れている。

藤井:歴史ある醤油の蔵元へ訪問し、使用原料や発酵の工程など製法を学んだり、小麦などの生産者さんの苦労や思いを実際に見聞きしたうえで使わせていただいています。「麺や 七彩」はオープン当初から「無化調」を謳っていて、それを信じて食べに来てくださっているお客様もいる。その思いを裏切らないためにも、信頼できるところから仕入れたい。そのためには直接お会いしてお話を聞くのが一番なんです。

「お客様のため」の本当の意味が分かった

 藤井さんは高校時代からずっと飲食店でアルバイトをし、その楽しさに大学を中退した。中華料理屋、フレンチ系の洋食屋を経て、西武系のレストラン事業部に入社。そこでは料理だけでなく経営のノウハウも勉強した。その後独立した上司に誘われイタリアンの店長、酒蔵が開業するレストランのプロデュース事業、ソムリエスクールの調理部門講師と、さまざまな経歴を持つ。

 最初のラーメン店はオーナーに依頼され埼玉のお店。その店を足がかりに経験を積み、阪田さんと共に独立したのが都立家政の「麺や 七彩」だ。店名「七彩」は、「七つの色。転じて美しいいろどり」を意味する言葉であり、ラーメンを通じていろいろな食べ方、さまざまな食材をご提供し、多種多様な楽しみ方をしてほしいという想いを込めて名づけられた。

 自分たちの店を持ったときに、今までと一番違ったのは「お客様のため」という気持ちだった。もちろん、従業員として働いていた頃も「お客様のため」という気持ちを持ってはいたのだが、いかんせん会社から給料をもらっているため実感していなかった。

藤井:独立して初めて、あぁ自分は何も分かっていなかったんだと感じました。このお店を支えているのは、お客様が召し上がる1杯のラーメンなんだということを痛感したんです。

 それからは仕入れる材料はもちろん、お箸や電気代もすべてお客様が買ってくれたもの、と意識が変わった。お店の備品一つの扱いにも感謝を込めて、カウンターの手入れ一つにも心を込めて。お客様が気持ちよくお食事できるように尽くす藤井さんの姿が、この店にはある。

ラーメンに「正解」はない

 近年、イタリアン・フレンチ・和食などあらゆるジャンルの出身者がこぞってラーメン業界に参入してきている。多少高値でも客がつくレストランと比べ、ラーメンの価格はほとんどの店が数百円そこそこ。それでもなぜ、料理人たちはラーメン業界に足を踏み入れるのか…?
その答えは明確である。ラーメンには他の料理と比べ自由度が高く、“縛り”がないのだ。食べ手がそれを食べたときに‟おいしいラーメンだ”と認識してくれたら、それはラーメンとして成立する。だからラーメンには定義がなく、どの業界から参入してきてもそれぞれの個性が出せる。そんなジャンルとしての懐の深さこそ、藤井さんが「麺や 七彩」をオープンさせた理由だ。

 しかし、自由度が高いとはいえ、藤井さんたちには一つ気をつけていることがある。それは「きれい過ぎない味わい」。食材には気を遣っているし、お子様でも召し上がれるよう苦みやえぐみが出ないよう気をつけて調理している。ただし完全に抜くのではなく、少しだけ残す。そこがポイントなのだそうだ。

藤井:うどんやおそばの出汁のように澄み過ぎた感じのスッキリしたラーメンでは、記憶に残らない。それでは「また食べたい」にはならないと思います。

 真面目に料理に取り組んできた人ほど、美味しさを追求して「少し濁った味わいを残す=一癖をつける」ことを忘れがちだと、藤井さんは分析する。「現在「七彩」で提供されているスッキリした醤油にも、ガッツリ薫る煮干しにも、そのポイントは取り入れられている。

藤井:ラーメン1杯はフルコース。前菜に野菜、スープ、副菜、メインの肉料理もあって、1杯の中で完結している完全食だと思っているので、フルコースを召し上がるような感覚で食べていただけるものを追求し続けています。

厨房に立ち料理をする、その姿がスパイス

 都立家政にある「麺や 七彩」の旧店舗は、現在「食堂 七彩」として愛され続けている。合資会社の「金町製麺」は、藤井さんの会社「raR(ライズ・ア・レボリューション)」の社員がすべてを任され運営している。そして「麺や 七彩」は八丁堀に場所を移しW店主の阪田さんと共に営業している。つまり、支店やフランチャイズで店を増やすということを一度もしていないのだ。そこには理由があった。

藤井:ラーメン屋さん、特にうちのような店は、「お客様が人につく」という部分があります。多店舗展開すると、どうしても店主のいない店ができる。たとえどれだけ味が変わらなくても、「やっぱり店主がいないと味が落ちる」と言われることがあります。同じ味なら店主がいる方が美味しく感じる、つまり人自体がスパイスになっちゃってるんですよね。

 やみくもにお店を増やしても、常連のお客様は理解してくれないし喜んでくれない、そんな七彩を求めていないという思いから、七彩を展開していきたいとはまったく考えていないのだそうだ。いつか自分たちの身体が動かなくなったときにやりたい人がいれば、そのまま誰かに引き継いでもらうかもしれない、と藤井さんは微笑んだ。

“食”に平和な革命を

 現在の食事情は資本主義の産物だ。戦後、圧倒的に物資が不足していた時代に、代わりとなるものを次々へ編み出すことに成功した先人たちの賜物である。しかし現代社会では、そういった生きていくために必要な「食糧」という意識が薄れてきている。食に対する意識は、美味しさを求める人、量や安さを求める人、安全性を求める人と多種多様となり、それは生産者にも消費者にも言えることだ。個人がどのような食事をするか選ぶ時代がやってきたのならば、選ぶための正しい知識が必要なのではないだろうか。

 藤井さんが経営する会社「raR(ライズ・ア・レボリューション=革命を起こす)」の名の由来はそこにある。革命という行為は、苦労や実害がある人が増え、現状に不満を持っている人々が、そうではなくなる環境を強く希求した時に成立する。raRの目指す革命は「争い事」ではなく、料理人が“美味しい”と笑顔で思える料理を通じて、食への興味を感じてもらいながら進める平和的な革命。この革命が、豊かな食を求めている人々や、志が高く正直な生産者が受ける苦労の低減になると信じているそうだ。実際、七彩で働いた人はみな食に関する様々な知識を身につけることができる。

藤井:自分一人で発信しても目の前のお客様にしか伝えられないけれど、同じ思いを伝えてくれる人が増えればピラミッド型に情報が伝わっていく。そうして日本が変わっていけばいいなと思うんです。いずれ七彩がなくなっても、店があったことすら忘れ去られても、その思いだけは百年後に残っていて後々に伝わっていたらいいですね。

 食材にこだわり、多くの人と関わっていく中で、いつしか食全体のことを考えるようになった。これからも極上の1杯を追求しながら、自分たちにできる“革命”の輪を広げていくことだろう。
(取材日:2016年6月20日)

藤井 吉彦さん
物心がつく前から台所に立っていたという藤井さんは、理工学部に進学するものの飲食業が楽しくて大学を中退。中華・フレンチ・イタリアンとさまざまなジャンルを経てラーメン業界へ。2007年2月、都立家政にてW店主・阪田博昭さんと「麺や 七彩」をオープン。化学調味料を使用せず、素材の魅力を最大限に引き出して生み出される喜多方ラーメンは多くの人を魅了している。

麺や 七彩 八丁堀店
住所:中央区八丁堀2-13-2
TEL:03-5566-9355
営業時間:月〜金 11:00〜15:30/17:30〜22:30 土・日・祝 11:00〜21:00
定休日:第3火曜日
店舗情報:HPFacebook食べログ