キャリアや資格がなくても飲食店は開業できる

昨今の外食産業では、人口減による胃袋の絶対数が減ることや不景気などの複合的な理由から、飲食店舗の減少が取り沙汰されている。しかしながら都内に限って言えば、閉店した薬局の跡地にいつの間にか飲食店がリニューアルオープンしていたなどというケースも多く、むしろ盛り上がりすら感じるというのが日常的な肌感覚なのではないだろうか。

事実、比較的新規参入のしやすい飲食業界では、年々夢をもって自分のお店をオープンさせる人が後を絶たない。創業以来15年間飲食店の居抜き不動産に特化して営業を続けてきたABC店舗としては、日々開業に向けて切磋琢磨するお客さまお一人お一人の顔が思い浮かぶ。その中でも近年多いのが、異業種からの開業を成功させた方々だ。

飲食店オーナーと聞くと、調理師専門学校を出て、名だたるホテルや料亭で修業を積んだ輝かしいキャリアの持ち主を想像するかもしれない。しかし実際のところ、開業には調理師免許も栄養士免許も、もっと言うとキャリアも必要ないのだ。それをわかりやすく証明してくれるのが、異業種から飲食業界に転身した先輩オーナーたちの存在だろう。今回はそんな彼や彼女らの転身のきっかけをみていきたいと思う。

 

好きこそものの上手なれ 熱中できるものを追求し続けた結果としての開業

閑静な住宅街の落ち着きと学生街の賑やかさが共存する明大前。小さな路地にひっそりと佇む「身ノ程知ラズ」は、元東京海上日動火災保険に努める会社員だった千場誉さんが、2017年にオープンさせたコース一本のみの割烹だ。その斬新かつ人目を惹く店名には、ほとんど飲食業経験を積まずに自分の店をオープンさせた自身への自戒の念が込められている。

千場さんが飲食業へ転身したきっかけは、友人や同僚を招いて開催していたホームパーティだ。「最初は各々が好きなつまみを持ち寄っていたんですけど、なんか物足りなくなってきて自分で料理するようになったんです。その延長線上で、今みたいなコース仕立てにするようになって、そしたらこれ楽しいな!って…」 

そう笑顔で話す千場さんの転身ぶりは、まさに好きが高じてという言葉を体現している。そんな「身ノ程知ラズ」では、千場さんが料理と同じくらい愛してやまない日本酒のセレクトにもこだわり、開店から約1年、安定して地域の日本酒ファンや常連客を獲得し続けているそうだ。

日本酒好きが集う 旬の食材を活かしたコース一本の創作割烹

 

東京でこの味を広めたい! 未開拓の味やコンセプトで勝負するオーナーたち


フードトレンドショップの多い原宿で、日本で初めて東南アジアの麺料理「ラクサ」の専門店をオープンさせたのが、高校時代からの親友同士である小幡奈久美さんと茂木紀子さんだ。

旅好きの二人は、社会人になってからもよく一緒に旅行に出かけていたが、二人で行ったシンガポール旅行でラクサと出会ったことが開業のきっかけになった。帰国してから日本のシンガポール料理店でラクサを食べてみたが、現地の味とまったく異なることに落胆し、「本場の味を伝えたい」という気持ちが強まったという。開業を決めてからは日本とシンガポールを行き来しながらレシピを開発し、2015年、晴れて原宿の裏通りに「シンガポール ホリック」をオープン。今では1日最大100人を集めるほどの人気店へと成長させた。

本場シンガポールの味を再現する“ラクサ”の専門店。今や1日最大100人をキャッチする話題店へ!

 

一方、「漁師酒場・海亭」のオーナー 河邉 恒治さんもまた、東京の食文化に使命感を感じて異業種から転身した人の一人だ。30年間会社勤めをしたものの、定年前の50代半ばで意を決して退職。2016年大塚駅に、念願の自身の店をオープンさせた。

転勤や出張の多い仕事だったため、在職中に全国津々浦々で目が覚めるようなおいしい食材の数々に出会ってきたという河邉さん。しかし、東京では地方で出会ったような新鮮な魚を安価に食べられる店は存在しない。そのことが原動力となり、自分で開業することを決めたのだそうだ。ご自身も銛(もり)を片手に魚突きをするのが趣味という根っからの魚好きで、新鮮でおいしい魚には目がない。目も舌も肥えた河邉さんだからこそできた「漁師酒場・海亭」は、今やそのコストパフォーマンスの高さから、幅広い客層に支持されている。

鮮魚と酒と人間と
居酒屋として結実した30年間の軌跡

 

未経験だからこそのフランチャイズという選択肢


 
そして最後にご紹介したいのが、飯沼隆光さん、中江賢士郎さんのお二人だ。あの寺門ジモンさんも熱烈にプッシュする、知る人ぞ知る老舗ステーキ店「ステーキてっぺい」を、五反田にFC開業させたのが、中学からの幼馴染同士のお二人だった。開業前、飯沼さんは車のディーラー、中江さんは大手企業飲食部門で管理の仕事をしており、飲食経験といえば学生時代のアルバイトのみ。それでも飲食店を開業したいという共通の夢をお互い長い間共有しながら温めてきたそうだ。

当初は調理経験のあるもう一人の友人と三人で開業することになっていたのだが、土壇場になってその彼が降りると言い出してからが大変だった。頼りにしていた経験者がいなくなることで計画は一気に迷走し、すでに会社を辞めてしまっていたものの業態すら決まらない悶々とした日々が続くことになる。

そこで彼らが選択したのがFC開業という道だった。開業を考える人たちにとって選択肢の一つであるFCだが、特に日本では、本社の要望が大きく開業者の意思が反映されにくいというデメリットが目立ち、敬遠されることも多い。しかしながら、調理や飲食店経営のスキルを習得でき、安定した利益を上げられるFCは、彼らのようによい会社に巡り合えれば、未経験で開業を考える人の強い味方にもなり得るのだ。

「毎日が学びの連続です」と清々しい笑顔で話す飯村さんと中江さんは、自分たちのステーキてっぺいをもっと大きなグループにしていくことと並行して、ここで得た経験をもとに、二人だけのオリジナルの店をつくる夢も今なお持ち続けているという。まだまだこれでだけでは終わらないという闘志が、日々の仕事に活力を与えてくれているのだ。

フランチャイズ開業という一つの形 創業40年の歴史を持つ「ステーキてっぺい」が叶えた二人の夢

 

大切なのは、強い信念を持つこと

昨今、異業種からの飲食店開業率は年々増加傾向にあるようだ。「身ノ程知ラズ」の千場さんのように、好きなことを夢中で追及した結果として幸運に恵まれるケースもあれば、「シンガポールホリック」の小幡さん・茂木さん、「漁師酒場・海亭」の河邉さんのように、自分たちにしかできないビジネスモデルを発見し、実現させたケースもある。そして、不器用ながらも「絶対に飲食店を開業する」という強い意志をもって、どんな困難もあきらめずに立ち向かった「ステーキてっぺい 五反田店」の飯村さん・中江さんのケースは、強い意志こそが、夢への第一歩を切り開くという単純だが大切なことを改めて気づかせてもくれる。

これまで、異業種からの飲食店開業を成功させた6名の先輩オーナーたちの軌跡を速足で垣間見てきた。もちろんここでご紹介したのは彼らの人生のほんの一部分にすぎず、ここでは書き尽くすことのできないたくさんのドラマがあったこともひとこと書き加えておくべきだろう。

いずれにしても異業種からの転身という一見ハイリスクな偉業をみごと成功させたこの6名に共通して言えることは、何か一つ強い信念を持ち、突き進んできたということに尽きるのではないだろうか。つまり、開業はその結果としてついてきたものに過ぎないのだ。彼らのように前を見据え、一歩一歩迷わず前進することが、自らが思い描いた夢の実現へとつながっていくのではないだろうか。