インタビュー
つい会いに行きたくなる下町の名店 元柔道家の店主が焼き上げる繊細な炭火焼鳥
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大衆酒場ひしめく浅草橋西口 下町の味を体現する、本格炭火焼鳥の店
JR中央・総武線と都営地下鉄の浅草線が乗り入れる浅草橋。人形問屋や店舗用品問屋などが集まる東口と、飲食店が軒を連ねる西口からなるこの街は、江戸時代から庶民の街として親しまれてきた。様々な商店が建ち並ぶ駅の高架下には、昭和の名残を感じる飲食店も多く、若者からサラリーマンまで幅広い層が懐かしい下町の味を求めて毎夜集まってくる。
「街を知りたければ、酒屋に聞けって言うでしょう?」そう語るのは、「炭火焼鳥 ひらちゃん」のオーナーである平田侑城さんだ。彼はこの店を開業する前、物件探しと平行しながら、気になる地域の飲食店をしらみ潰しに飲み歩いたという経験の持ち主。もちろんこの浅草橋も例外ではない。常連が多い店、美味しいのに流行っていない店も含め、浅草橋界隈のほとんどの店に足を運び、味、サービス、価格帯を徹底的に調べたのだそうだ。そんな研究熱心な平田さんが開いた「ひらちゃん」は、浅草橋西口から徒歩1分の好立地にあり、赤提灯と愛嬌たっぷりの“ひらちゃん”の字が躍る白い暖簾が目印の炭火焼鳥屋だ。
柔道の道から一転、挫折が教えてくれた新しい人生
平田さんが目指す店は、“どこか懐かしい感じがする店”だ。店内のBGMも1980年代の歌謡曲をチョイスし、40才以上のサラリーマンの郷愁を誘っている。そんなBGMについて平田さんは、「店の音響も元柔道仲間がやってくれているんです。」と嬉しそうに話す。柔道仲間とは、平田さんのアスリート時代の仲間たちのことだ。
学生時代から柔道一筋だった平田さんは、社会人になってからも実業団に入り、プロの柔道家を目指してきた。しかし、世界選手権やオリンピックに出場する選手を多数輩出してきた精鋭ばかりの実業団で思うような成績を残すことができず、道半ばで夢を諦めるという苦渋の選択を余儀なくされてしまった。柔道をやめてからしばらくは、テレビで柔道を見るのもつらいと思うほど悶々とした日々が続いたが、徐々に“自分の焼鳥屋を開く”という新たな夢が芽生えていったそうだ。その夢に向かって真っすぐ突き進むことに決めてから、ようやく平田さんの快進撃がはじまった。
「柔道を離れても一つのことを成し遂げられるのだと証明したかった。」と、がむしゃらに焼鳥に向けた情熱が実を結び、2017年8月に「ひらちゃん」をオープン。まだ半年と日は浅いながらも、多くの常連客を惹き付けている。もちろん常連客の中には昔の柔道仲間たちも含まれる。一時は過去の自分に目を背けていた平田さんだが、新しい人生を自分の力で手に入れたことで自信もついた。今では仲間たちがこの店に集まっては酒盛りをする姿を、焼き台に立ちながら心から喜んでいる平田さんがいるのだった。
がむしゃらに頑張った修行時代 いつしか、常連客からの人望も厚い名物店長に!
「ファーストオーダーはとにかく早く出す」「ドリンクや料理が手元にない状況を作らない」「“ありがとうございます“のあとには、必ず一言付け加える」
平田さんは、接客に対しても細心の気を配る。そのスタンスは「料理が美味しいのは当たり前、プラスアルファの気配りがあってこそ」という彼の言葉にも裏付けられている。きっとそれは、柔道を辞めてからの6年間、休みもなく町田の焼鳥屋で働いた修行の日々から、彼が学び取った哲学の1つなのだろう。
「最初は、焼鳥みたいに串にさして焼くだけのことなら誰でもできると甘くみていたんです」と話す平田さん。修行してはじめて、その奥深さに気が付いたそうだ。修行した焼鳥店は、従業員が1か月と続かない厳しい店だったため、一切の妥協も許されなかった。何人もの仲間たちが辞めていく中、平田さんは「職人技ともいえる仕込みと焼きの技術を身につけ、20年以上店が続く理由を知るまでは絶対に辞めない。」と心に決め、元アスリートの根性で頭角を現していった。その結果、入社後わずか半年で本店の店長に抜擢され、6年もの間、繁盛店を切り盛りする名物店長として活躍してきたのだ。
独立を機に退職し、町田から遠く離れた浅草橋に店を構えても、当時の常連さんが電車を乗り継いで飲みに来てくれる。これも平田さんのお人柄のなせる業だが、「お客さんは店ではなく人に付く」という定説を裏づけるようなエピソードでもある。
フォアグラのような“ふわとろ”のレバー、熊本直送の馬刺しなど、 “ここでしか味わえない”料理とサービスで永く愛される店に
赤提灯が道行く人を足止めする印象的な外観。真っ白い暖簾をくぐり引き戸を開けると、この店のメインステージである炭火の焼き場が目に入る。壁には、串焼きの短冊メニューが下がり、卓上の手書きメニューにはその日の仕入れによって変わる“売切れ御免”の希少部位が記されている。
オープンしてまだ半年にも関わらず早くも浅草橋界隈で”レバーのおいしい店“として定着しつつある「ひらちゃん」の、まるでフォアグラのような食感の鶏レバーは、多くの常連客を魅了している。「ここのレバーを食べさせたくて、部下を連れてきた」とリピートしてくれるお客さんもいるほどだ。そしてもう一つ、この店のファンたちが愛してやまないのが、”ひも焼き” “あぶらつぼ” “ぎんがわ”といった希少部位だ。仕込み次第で出たり出なかったりというのも常連泣かせだが、出たとしても早い者勝ちの文字通り“希少”な一品ということで、どうしても食べたい人は電話確認が必要になる。
そして、熊本出身の店主が自ら厳選し取り寄せている”馬刺し”の評判も上々だ。新鮮で臭みのない赤身は東京ではまずお目にかれない一皿。今後も、地元熊本で評判の販売店と直接取引ができるメリットを活かし、馬刺しの希少部位の提供も進めていくそうだ。
これらの人気メニューが呼び水となり、常連客の定着率も上々。口コミで評判がどんどん広がりをみせている「ひらちゃん」の現状を、平田さんは「まだまだ」と冷静に判断する。「理想を高く持つからこそ、現状に満足せず改善しようとする気持ちが生まれる。」そう語る平田さんの心の奥には元アスリートらしいまっすぐな情熱が見え隠れする。そんな彼の人柄が、この店に来るお客さんたちを惹き付けているのだろう。
今は平田さんの背中を見て修行に励むスタッフの成長も楽しみの一つ。ゆくゆくは彼にこの店を任せて、自分は2店舗目を展開する。それがこれからの平田さんの目標なのだそうだ。
(取材日 2018/3/7)
店舗情報【炭火焼き鳥 ひらちゃん】
- 住所
- 東京都台東区浅草橋1-4-4 星野ビル 1F
- 電話
- 03-5825-4055
- 営業時間
- [火~金] 16:00~23:00(L.O.22:30)
- 業種
- 焼き鳥
この記事で紹介された人
平田 侑城さん
日本体育大学で柔道部に所属。大学卒業後も実業団に入り柔道を続けた。世界選手権やオリンピックに出場する精鋭が集まる実業団で思うような成績を残せず、夢半ばで柔道の道を諦める。その後町田の有名老舗焼鳥店で約6年間修行し、2017年8月に独立。浅草橋に「炭火焼き鳥 ひらちゃん」をオープンさせる。
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