インタビュー
居抜き開業を成功させたオーナーに、成功の秘訣や開店までの裏話などを伺います。

江戸以来の商業地・東日本橋に構える
日本伝統の純米酒Bar

中央区・東日本橋は、隅田川のほとりに位置し、江戸時代から交通の要衝として、商業・町人の街として発達してきた。時を経た現代にあっても、日本最大級の現金問屋街である横山町・馬喰町の一角を成し、往時の賑わいを伝える。多くの住民を擁する住宅地でもあり、商業ビルや飲食店に混じり、教育・保育施設、大小の公園、公共施設も整備された住みやすい地域である。

かつて米蔵もあったという歴史と伝統あるこの地に、2015年12月24日、日本文化の粋の一つ、日本酒を心ゆくまで堪能できる店がオープンした。都営浅草線東日本橋駅徒歩3分の純米酒居酒屋「目と鼻の先」である。間口いっぱいにガラス戸が広がる風通しの良い店先に、店名を付した小粋な暖簾がかかり、純米文化の広がりを願って掲げた「純米酒愛好会」の白提灯がぽっと灯る。内部は落ち着いた木調でまとめられ、カウンター席、ソファ席と、好みの席で気持ちよく酒に酔える場が用意されている。

店の主は、柳瀬秀史さん。十数年かけて磨いた日本酒の目利き眼によって揃える、常時40~50種の全国各地の純米酒(120ml、500円~)と、それらの酒と絶妙なハーモニーを醸す手づくり小鉢料理(250円~)を提供する。おまかせコース(3,500円、4,500円の2種類)では、日替わり日本酒3~6本とビール・焼酎・ソフトドリンクが、なんと飲み放題。さらに「その先」コース(5,500円)では、冷蔵庫に入ったすべての日本酒を試すことができる。

「テーブルに勝手に瓶を置いてもらって、気ままに好きに呑んでもらいたいと思って」と柳瀬さん。目と鼻の先にあるコンビニのように気軽な店で、「目」と「鼻」の先にあるお客様の「口」に最高のお酒・お料理を届けたい。洒落っ気のある店名には、日本酒とお客様をつなぐ橋渡し人としての柳瀬さんの矜持が込められている。

打てば響く飲食の魅力
数々の店を渡り歩いた末に理想の店をオープン

柳瀬さんが初めて食の世界に触れたのは、高校時代の飲食店アルバイト。接客や仲間づくりの楽しさが印象に残った。社会人になり、洋服屋の販売員になったが、購入率の低さをストレスに感じた。そこで、「物を売りたい」という自分の想いの中心に立ち戻り、「それなら、飲食をやってみたら?」と居酒屋バイトに転身。自分が勧めたものをお客様が素直に喜んでくれるというストレートな反応にやりがいを感じた。「飲食は人間にとって一番大切なことのひとつ。そこで行われるお客様とのやり取りが楽しくて、どんどんのめり込んでいきました」。

日本酒との出会いは、30歳で入った日本酒と蕎麦を出す本格派和食店でのこと。「日本酒にこんな色々な種類や呑み方があるなんて知らなかった。お客さんにお酒について質問されてお答えするも、後で裏に戻って必死に本をめくる。そんなことの積み重ねで、日本酒についての知識を身に付けていきました」。その後も、中華、スペイン、イタリアン、おばんざいと、多種多様なジャンルに挑戦し、食とサービスに関する生きたスキルを学んでいった。

自分が開くなら、和と日本酒をメインとした店を―そう考えて物件探しをしていたところ、とある内覧会で旧知の友人2名に出くわした。何気なく話しているうちに、自分たちのやりたいことが意外にも似通っており、「もしかして、3人で店が出来るのでは?」と閃いた。それからは急スピードで物事が進み出し、オープンしたのが、現在では系列3店舗を展開する五反田の人気日本酒居酒屋「それがし」(品川区西五反田1-27-7)である。「ここで店の立ち上げや運営を一から学ぶことができた。ここなしには今の自分は無いという思い出深い店です」。

それから数年経ち、自分の理想をさらにかたちにしたい気持ちが高まった。独立開業を決意して出店先を探していたところ、東日本橋でABC店舗の現物件にめぐりあった。土地勘が無い場所で、日本酒というニッチな商品を広めていけるか?それがネックだったが、元焼酎居酒屋の居抜き店舗は、前店主の清掃が行き届き、一目見て「いいな」と気に入った。細かい箇所の手直しだけでオープンできることから、この場所から日本酒の魅力を発信していくことに決めた。

種類、飲み方、温度帯―
世界にも稀にみる豊かさをもつ日本酒の世界

日本酒の魅力について柳瀬さんはこのように語る。「日本酒は利き酒師でもすべての銘柄を把握できないほど種類が豊富。また、呑み方、温度帯も幅広い。常温、ぬる燗、熱燗、冷酒……これほど多様な温度で楽しめるのは世界でも日本酒だけではないでしょうか」。中でも柳瀬さんが純米酒に愛着を持つのは、シンプルにお米と水だけで造る酒が美味しいと思うから。純米酒とは、国税庁「清酒の製法品質表示基準」によると、白米(3等以上米)、米麹(使用率15%以上)、水だけを原料として製造した清酒とされる。非純米酒との違いは、醸造アルコール(でんぷん質物・含糖質物を発酵して造る蒸留アルコール)添加の有無である。

ただし、純米酒以外の酒を否定することは決してない。「醸造アルコールだからダメという訳ではない。大吟醸にも醸造アルコールが入っているように、純米酒以外の日本酒でも美味しいものはいくらでもある」。“純米酒至上主義”となることなく、いつもちょうど良い立ち位置を保ちながら、純米の魅力を伝えていきたい、と慎み深く語る。

その上で、純米酒のバラエティ豊かな楽しみ方を提案する。ユニークなのは、仕入品の選び方。「最近の日本酒はラベルや瓶がお洒落なものが多い。“ジャケ買い”といって、ラベルデザインを見て買ったりすることも多いです」。酒屋別注品などの超レア品も揃える。呑み方についても、人気の冷酒のほかに、常温や燗もオススメする。「お米で造られた純米酒には、温めないと出てこないうま味成分もある。現在の高い酒造技術だと冷蔵しなくても劣化は少ないので、ぜひ試していただきたいですね」。

サービス・知識の押し付けはNG
その瞬間、瞬間の味わいを感じてほしい

日本酒に関する情報の宝庫のような柳瀬さんだが、店で知識やサービスの押し付けをしないよう固く自戒しているという。「店の主役はあくまで、お客様とお酒。自分は尋ねられれば答えるサポート役。その瞬間、瞬間の印象や味わいを大切に感じて、自分だけの日本酒との出会いを楽しんでいただきたいんです」「基本的にはその人が美味しいと感じるものが正解。何を呑むかも大きいですが、誰と、何処で、どんな食べ物と呑むかが大切だと思いますから」。ここでも中庸を重んじ、日本酒に関心を持っていただくきっかけ作りに徹する。

開店から約8ヶ月、店には30代後半から50代の落ち着いた層を中心として、ゆっくりだが着実にファンが増えている。今後ぜひ叶えたい目標は、優秀な料理人の採用。「日本酒にはやっぱり刺身がベスト。店の客層にも好まれると思うので、良い出会いがあることを期待します」。現状24時までの閉店時間の延長にも取り組みたいと考える。「もしかすると、この辺の不動産事情で縛りがかかっているのかも。深夜1~2時まで営業できると、通りがかりの人にも夜間営業のイメージが定着して、どの店もちょい飲み需要が獲得できるはず。街おこしじゃないけど、自分の店から何か始められれば」。

将来は、日本酒を共通テーマとして、蕎麦、寿司などと絡めた3店舗展開を計画している。「自分が一番好きなのが寿司料理。でも一般のお寿司屋さんでは日本酒のラインナップが少ないことも多い。旨い寿司と日本酒が両方味わえる店をつくりたい」。「日本酒はまだまだ敷居が高い。種類が多すぎる、呑み方が分からない、値段が高い、悪酔いするなどの良くないイメージも強い。そうした印象を払拭するため、プライドをもって、でも楽しみながら、日本酒の魅力を伝えていきたいです」。

伝統ある街で、伝統ある日本酒に、五感を使って楽しむ新しいエッセンスを加えた「目と鼻の先」。お客様と日本酒、双方への思いやりに溢れたこの店は、永く当地で愛される場となるに違いない。

柳瀬 秀史さん
1967年東京都出身。アパレル店員を経て飲食業の世界へ。30歳で入店した和食店で日本酒の美味しさ、面白さに目覚める。その後も日本料理、中華、スペイン、イタリアンなど様々なジャンルを経験。11年、友人とともに五反田の日本酒居酒屋「酒場それがし」オープン。15年12月、東日本橋に「目と鼻の先」を独立開業。独自の視点で厳選した全国各地の希少純米酒と、手づくりの小鉢料理が楽しめる店として人気を博す。

目と鼻の先
住所:中央区東日本橋2丁目12-1-1F
TEL:03-5823-4157
営業時間:17:00〜24:00(L.O.23:30)
定休日:日曜日
店舗情報:HP食べログ