高田馬場の“かもめ食堂”を━
16歳で描いた開業の夢が古民家酒処として結実
JR高田馬場駅から徒歩5分、早稲田大学に続く馬場口交差点ひとつ手前の路地に、この街にはめずらしい古風な佇まいで構えるのが、2016年4月にオープンした「酒肴 新屋敷(あらやしき)」である。店に一歩入ると、誰もが驚くだろう。築40年の古民家物件をリノベーションした店内に、伝統と新しさが入り交じる明るく清潔な空間が広がる。毎時0分にはチーンと振子時計の懐かしい音が響く。出迎えるのは、ムスっと不愛想な板前さん……ではなく、今年31歳になる店主の池田隼人さんと学生アルバイト達の爽やかな笑顔だ。
「この店を、高田馬場の『かもめ食堂』にしたいんです。近所の人がお夕飯を食べに気軽に立ち寄れるような」。フィンランドで食堂を開いた日本人女性が、店を街の人から愛される空間に育てていく名作映画になぞらえて、池田さんは目指すところを語ってくれた。店名の「新屋敷」は、池田さんの実家の屋号。題字の「酒肴」は母親が、「新屋敷」は父親の筆によるものだという。自分のルーツにちなんだ名付けに、この店に対する池田さんの想いの程が感じられるようだ。
池田さんが料理の世界を目指すきっかけとなったのは、高校時代、地元・埼玉県越生(おごせ)町で行っていた、日本料理店でのアルバイト体験だった。30歳手前の若いオーナーが店を切り盛りする姿に衝撃を受け、以来、食が永遠のテーマに。調理専門学校に進学し、フンス・イタリア料理の専科で学び、卒業後はイタリアンレストランにシェフとして就職、洋の料理人としてキャリアをスタートした。和食を始める転機となったのは、常連として通っていたお好み焼き屋の大将が放ったこんな言葉だった。「今後はピザ店をやってみたい」と話す池田さんに対して、「お前、日本人だったら、“日本のピザ”を覚えてからにしろ」。大将が意味したのは、もちろんお好み焼きのこと。このユーモラスな出来事が契機となって、以後、鉄板焼き、日本料理、焼き鳥など、和食の道に邁進していった。